大衆ラーメンから高級天ぷらまで! 「カウンター形式の料理店」が日本文化に深く根付いた根本理由

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大衆的なラーメン店から、ミシュランで星を取るような天ぷらの店まで、我々の生活の中に溶け込んでいるカウンター形式の料理店。日本においてカウンター形式の料理店が発展した背景には、自転車の国産化があった。

換気扇が生んだカウンター料理店

十二月ノ内 卯月初時鳥(画像:国会図書館)
十二月ノ内 卯月初時鳥(画像:国会図書館)

 水道とガスと換気扇が普及する前の日本の台所は、

・陶器またはおけ製の水がめ
・まきを燃やすかまど
・木炭を燃やすしちりん

から構成されていた。

 これは江戸時代の台所の絵だが、左奥にかまど、右奥に水おけと水がめがある。このような大がかりな調理装置ではカウンター内におさまりきらない。水道、ガス、換気扇をコンパクトにまとめた、いわゆるシステムキッチンが必要だ。

 この三つのインフラのうち、最も普及が遅れたのが換気扇。大正時代に換気扇が普及することで、カウンターでの加熱調理が可能となったのだ。

 明治時代の天ぷら店の揚場(あげば)は、入り口の横に路面に向けて設置され、窓を開けて路上に油煙を排煙していた。そうしないと店内の客が油煙で薫製状態になってしまうからだ(露木米太郎『天婦羅物語』)。

 カウンターの客の目の前で天ぷらを揚げるようになったのは、換気扇で強制的に油煙を排気できる大正時代になってからなのだ。

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