国立市「マンション解体」は当然の結果です! 街の「景観」「アイデンティティー」をいまだに軽視する“からっぽ”日本人の思考回路

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積水ハウスは国立市で建設中のマンションを、富士山の眺望に配慮して完成直前に取り壊しを決定した。景観保護の経済的価値が示されるなか、都市のアイデンティティーを守るための新たな規制や条例整備が求められる。

景観保護と街のアイデンティティー

東京都国立市の位置(画像:OpenStreetMap)
東京都国立市の位置(画像:OpenStreetMap)

 少子高齢化が進み、空き家が増加している現在、「コンパクトシティ」の実現が都市計画の焦点となっている。市街地の拡大を抑制し、適度な高さと密度を確保するため、中心部でのマンション建設が各地で進みそうだ。

このままでは、どこの街も駅周辺に一様にマンションが立ち並び、その周囲に繁華街が発達するという風景になりかねない。そのため、

「街のアイデンティティー」

を維持した再開発が重要な課題となる。

 国立市の問題を、一部の「騒がしい住民」が騒いでいるだけと見る人もいるかもしれない。冒頭で述べたように、インターネット上では景観保護をからかうかのような意見も散見された。

 しかし、こうした考え方は“的外れ”だ。景観とは、その地域に住む人々の

・歴史
・文化
・生活様式

を反映したものである。長い時間をかけて形作られてきた景観を守ることは、そこに住んできた人々の生活を尊重し、未来に引き継いでいくことなのだ。それをあざ笑うことは、歴史と文化の破壊に加担することである。

 国立市の経験は、開発と保全のバランスを取ることの難しさを如実に示している。また、ビジネスと地域社会の新たな関係についても疑問を投げかけている。社会の多様な価値観をどのように調和させるのか。国立市の苦闘は、日本の「成熟」の物語とも重なる。

 アイデンティティーを失った存在は機能的で合理的であっても、からっぽである。ノーベル文学賞候補となり、今でも海外で広く読まれる作家の三島由紀夫(1970年没)は、今から54年前に「果たし得ていない約束―私の中の二十五年」という随筆で次のように書いている。

「このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或(あ)る経済的大国が極東の一角に残るのであろう」

もはや「富裕」「経済的大国」であることすら怪しくなってきた日本で、さらに「からっぽ」が進んだらどうなるのか。国立市の件に限らず、景観とアイデンティティーは深く結びついているのだ。

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