意外と知らない? エスカレーターの「片側」を空けてはいけない根本理由
歩行者のためにエスカレーターの人を片側に寄せた場合、エスカレーターの輸送能力は半分になる。その結果はどうなるだろうか。
記述的規範の社会的影響

記述的規範によって周りの空気を読んで振る舞うことは、社会活動を円滑にしている側面もあるが、
「集団でネガティブな行為を助長している」
場合もある。例えば、電車のなかで隣の席に荷物を置いている人がたくさんいれば、自分もそうしてよいと思うようになるし、ゴミ捨て場ではない場所に大量にゴミが捨てられていれば、自分もここに捨てていこうと思ってしまう。
エスカレーターの片側を空けるという習慣は、1967(昭和42)年に阪急梅田駅で急ぐ人のために片側を空けるようにアナウンスが行われたことが始まりだそうだが、私(島崎敢、心理学者)が住んでいた東京にこの習慣が浸透したのは1990年代だったのではないかと思う。いつの頃からか、歩く人のために片側に寄ることが“マナー”として定着していったような記憶がある。
記述的規範ができあがると、多くの人は歩く人に譲ってあげようという優しさから片側を空けるのではなく、
「自分が周りから白い目で見られないため」
に片側を空けるようになる。しかしこれは、禁煙の場所で灰皿を差し出すようなもので、エスカレーターを歩きたい人たちに対して、「ここは歩いていい場所ですよ」というもうひとつの記述的規範を発信してしまっている。
もしそうだとすれば、この問題はエスカレーターを歩く人の問題だけではなく、片側に寄る人の問題であるともいえる。しかし、片側に寄っている人たちには、エスカレーター上の歩行を助長し、リスクを上げたり、平均移動時間を延ばしたりするのに加担しているという“当事者意識”はあまりない可能性がある。