東海道新幹線「車内販売」今月末終了 これを“時代の流れ”で済ませていいのか? 削がれる旅情、進む合理化 改めて考える
車内販売の終了理由

1964(昭和39)年に開業した東海道新幹線は、当初ビュッフェ車だけだったが、1975年3月の博多開業を控え、1974年9月から食堂車が設けられた。
1985年にデビューした100系電車は、16両編成中2両が2階建て車となり、そのうちの1両が食堂車となった。食堂には大きな窓が設けられ、車窓風景とともに食事を楽しむ客でにぎわった。
しかし、列車の高速化にともない、食堂車でゆっくり食事がしたいという需要も減り、2000(平成12)年3月のダイヤ改正の際に、すべての新幹線から食堂車が姿を消した。
一方、国鉄が車内販売を開始したのは1934年。東海道本線の静岡地区で試験的に弁当が販売されるようになった。やがて、飲み物やお土産などの販売も開始された。車内での巡回方式の販売がスタートしたのは、戦時下の1944年とされている。
戦後、車内販売は在来線特急を中心に広がり、東海道新幹線の開業以来、新幹線での車内販売も続けられてきた。
しかし、在来線特急の車内販売も次々と廃止され、2019年3月にはJR北海道の北海道新幹線、JR九州の九州新幹線での車内販売が終了した。そして今回、JR東海の東海道新幹線に終了を決め、さらに10月25日には、JR西日本の長谷川一明社長は、山陽新幹線の車内販売について、
「人を介したサービスは廃止する方向にならざるを得ない」
とし、将来的には終了するとの見通しを示した(具体的な終了時期は明言せず)。
車内販売終了は時代の流れなのだろう。JR東海が発表したプレスリリースにも「
・駅周辺店舗の品揃えの充実
・飲食の車内への持ち込みの増加
・静粛な車内環境を求めるご意見
・また将来にわたる労働力不足への対応
等をふまえ」と書かれている。時代の流れなのだろうか。車内販売を行っているのぞみ・ひかりのうち、約3割の列車は
「パーサーの数が足りていない」
とも指摘されている。また、車内販売を利用する人が減ったのも事実だろう。