昭和の風景がよみがえる 懐かしの「行商列車」物語、激動の時代に生きた“千葉のオバさん”の一日とは
かつて、東京に住む人たちにとって「千葉のオバさん」は見慣れた光景だった。「千葉のオバさん」とは同県近郊の農村から上京し、採れたての野菜を背負って売り歩いていた行商の女性たちだ。そんな彼女たちを運んでいたのが「行商列車」と呼ばれる列車だった。
行商の1日

さてここで、当時の風景を見てみよう。
行商の朝は朝市から始まる。行商が最も多かった京成臼井駅(千葉県佐倉市)を皮切りに、京成線の多くの駅で朝市が開かれ、行商はその日に売る商品を仕入れていたのである。
朝市でその日の商品を用意した行商は、定刻に到着する行商列車に乗り込んでいく。行商列車が廃止される前の1981年(昭和56)、行商列車は京成成田駅(成田市)を午前8時16分に出発する各駅停車であった。
ここでいう行商列車は、編成すべてが行商専用とされたものである。1980年頃の記録によれば、行商列車は3両編成で、先頭には「貨物」と書かれたプレートがあった。窓にはガラスが割れないように横棒がついていた。京成臼井駅のほか、
・志津駅(佐倉市)
・勝田台駅(八千代市)
・京成大和田駅(八千代市)
から乗り込んだ行商は、荷物を横棒や荷棚にくくりつけ、車内で買い物のやり取りをしていた。
車内には「卸屋」と呼ばれる問屋専門の業者があり、行商に商品を卸していた。東京に入ると、行商たちは各駅で降り、それぞれの「お得意先」に向かった。多くは下町をなじみとしていたが、都心の料亭などに売り歩く者もいた。