高速道路はなぜ「無料化」されないのか? 有料期間あと92年という現実、背景にあった道路公団時代の巨大利権とある男の存在

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5月、高速道路の有料期間が「最長2115年」まで延長された。今後、92年続くこととなる。その背景には何があるのか。昭和時代のある人物に焦点を当てて探る。

強烈なプライドと権力

東京湾アクアライン(画像:写真AC)
東京湾アクアライン(画像:写真AC)

 東京湾アクアライン(1997年開業)は、膨大な赤字を抱え込んだことで知られている。その計画決定当時、藤井は有料道路課長だった。当時、東京湾アクアラインは採算性が疑問視され、道路公団の内部でも反対論があった。「誰が責任を取るんだ」と詰め寄る高橋国一郎総裁(当時)に、藤井は汗をかきながら

「総理の意向ですから」

で押し切ったといわれる。

 有料道路課長は、次官(大臣・副大臣の次の位の役人)につながる出世コースだった。それゆえ、建設省の内部では誰も異論を唱えることができなかった。

 藤井の思考は、政治家を利用して道路をいかに建設させるか――のみに集中していた。半永久的に残る大規模な公共事業や都市開発に自身の強烈なプライドを投影させ、その実現にまい進した。これは土木系官僚によくみられる思考で、藤井はその典型例だった。そして、藤井はこうして巨大利権のなかを泳ぎながら、採算度外視の高速道路建設を意のままに進めていった。

 藤井は2000(平成12)年、道路公団総裁に就任し、

「道路公団の仕事は最終的に国が責任を持つ。採算性は気にしなくていい」

と言い切ったとされる。

 当時、藤井は宮崎県知事選への出馬を打診されていたが、

「いまさら田舎の県知事なんかやれるか」

と返答している。まさに「ミスター高速道路」が藤井のすべてだったのだ。

 しかしその強烈なプライドは、2001年に発足した小泉純一郎内閣での道路公団の民営化議論でズタズタにされていった。

 民営化の実態は、地域分割した新会社を設立し、道路公団総裁に一極集中していた施設運営利権の再配分だった。道路族の政治家と小泉内閣の「改革」が一致し、藤井と対立した。民営化に抵抗した藤井だったが、利権にまみれた

「旧体制の象徴」

として強く批判された。

 2003年10月、藤井は道路公団総裁を解任され、そのキャリアに終止符を打った。しかし、藤井は報復として、多くの政治家が道路行政に介入した履歴を記したメモを明らかにした。この内容は大きく報じられ、一時は東京地検特捜部が動くともうわさされたが、結局、灰色のまま決着することとなった。

 表舞台から姿を消して20年余り。藤井は2023年3月に死去した。高速道路にまつわる多くの問題を残したままで。

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