フォードの「高級車ビジネス」が短期で頓挫した理由
ヘンリー・フォードには、高級車ビジネスへの参入という野望があった。息子や孫に受け継がれたその野望が、頓挫した理由とは?
「真の高級車」無理な時代?
悪いことに同時期、フォードは株式を公開。その結果多くのもうけを期待していた株主からの評価はさんざんなものとなった。コンチネンタル・ディビジョンが稼働していたのは事実上1954年から1956年までの3年間だけである。そして1958年、コンチネンタルは一転して、量産シャシーをベースに派手なデザインをまとったモデルへと転身する。
2年間だけ存在したコンチネンタル・マークII。それは職人による手づくりというスタイルが生きていた、最後のアメリカンメイドの真の高級車だった。
こうして、理想を高く掲げたフォードの高級車ビジネスは失敗に終わったわけだが、似た例は近年にも見ることができる。それはメルセデス・ベンツが立ち上げたマイバッハである。こちらも理想を高く掲げた一方で、最終的にはその高コスト体質に企業本体が耐えることができずにブランド廃止の憂き目を見ている。
成功例としてはトヨタによるレクサスが挙げられるが、これも歴史的な意味での「純粋な高級車」とは少々異なる印象がある。真の意味での高級車ビジネスとは、もはや現代のクルマづくりにはそぐわないのかもしれない。