「全然反省していません」あおり運転加害者の57%が“後悔なし”――法秩序を飲み込む「歪んだ正義」の正体

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2020年の妨害運転罪創設から5年。厳罰化で違反点数25~35点、免許取消もあり得る中でも、被害経験は34.5%に達し、直近半年でも15.2%が被害を報告。ドラレコ普及66.6%の一方で、あおり運転はなぜ減らないのか。その実態と構造を追う。

罰則強化と可視化の効果

あおり運転:厳罰化から可視化へ。
あおり運転:厳罰化から可視化へ。

 厳罰化という法的強制力に、ドライブレコーダーによる記録の網が加わったことで、路上の不透明さは確実に解消されつつある。可視化された証拠が通報を容易にし、あおり運転の抑止に一定の成果をもたらした事実は重い。今後は、技術による外部からの監視と、ドライバー個々人の内面的な意識変容をいかに噛み合わせるか。危険な運転を構造的に許さない土壌の定着が急務となる。

 さらに視座を広げれば、人間が運転という操作から解放される未来が、この難題に対する抜本的な解となる可能性を秘めている。自動走行技術が普及し、判断の主体が機械へと移り変わる過程で、問題の本質は変容するはずだ。感情に左右されないアルゴリズム同士が情報を最適に交換し合う環境では、個人の苛立ちや独善的な正義感が介在する余地は、自ずと削ぎ落とされていく。

 人の身勝手さが入り込まない安定した交通流が実現したとき、移動の効率は皮肉にも最大化されるだろう。技術によって人間の判断の揺らぎを補完し、安全と効率という、これまで相反してきた二要素を高い次元で統合する。移動にともなう摩擦を最小化する道は、ドライバーの良心に期待する以上に、感情を排したシステムへの移行の中にあるのかもしれない。

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