“純正ポップアップルーフ”はなぜ消えたのか? 「昔のマツダにはできて、今は無理なのか」――ボンゴフレンディが直面する現代の壁
ボンゴフレンディの遺産

1995(平成7)年に登場したマツダのボンゴフレンディ。そのなかでもオートフリートップは、量産ミニバンとして極めて独創的な存在だった。車体の屋根が電動で持ち上がり、テント生地が展開して車内に“2階建て”に近い空間を生む仕組みは、当時のライバル車にはほとんど見られなかった。純正で電動ポップアップルーフを備えた量産国産ミニバンとして、ボンゴフレンディは特異なポジションを占めていた。
当時のマツダは、バブル崩壊後の経営危機のなかで、他社との差別化を急いでいた。オートフリートップの装備は外部の架装業者に頼らず、自社の組み立てラインで作り込む内製化を選択している。生産効率を犠牲にしてでも、車両自体に独自の居住価値を付加する経営判断の現れであった。一方で、ユーザーのなかには
「大掛かりすぎる」
「ここまでの装備は必要か」
と受け止める声もあり、快適装備でありながらオーバースペック気味と見なされた側面もある。オートフリートップは、電動スイッチひとつでルーフ後方が持ち上がり、テント生地が展開することで大人ふたり分程度の就寝スペースを確保できる。室内のシートをフルフラットにしたベッドと組み合わせれば、1台のミニバンで家族4人前後が就寝可能だった。このコンセプトは、今日の
・車中泊ブーム
・キャンピングカー人気
を見越したかのような発想だったと評価できる。しかし、1990年代当時のユーザーにとって、キャンプや車中泊は現在ほど一般的でなく、屋根が持ち上がる仕掛け自体が
「面白いが、そこまで使う場面がない」
と受け止められた可能性が高い。マツダは生活空間を車内に持ち込む提案をしたが、市場環境やインフラはその志に追いついていなかった。
結果として、個性派として語り継がれる一方で、主流のミニバン装備として広く普及するには至らなかった。それでもボンゴフレンディは今なお中古車市場やクルマ旅志向のユーザーの間で一定の人気を保ち、電動ポップアップルーフを備えた国産ミニバンの先覚者として評価されている。
近年のネット記事や動画コンテンツでも、ボンゴフレンディのポップアップルーフの使い勝手や雰囲気を紹介する企画が増え、発売から30年近く経った今、時代を先取りしすぎたアイデアとして語られることが多くなっている。