初詣は「日本の伝統」じゃない! 実は、鉄道会社がつくり上げたものだった

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初詣は鉄道会社がつくり上げた「伝統」だった。その背景には一体どのような思惑があったのか。

「伝統」の裏にあった商業戦略

平山昇『鉄道が変えた社寺参詣 ~初詣は鉄道とともに生まれ育った~』(画像:交通新聞社)
平山昇『鉄道が変えた社寺参詣 ~初詣は鉄道とともに生まれ育った~』(画像:交通新聞社)

 この競争は、日露戦争後の鉄道国有化によって総武鉄道と成田鉄道が国有化されたことでいったんは収まる。

 しかし、1926(大正15)年に京成電気軌道が押上~成田間を全通させると、より短い距離を走り、運賃も安い路線の登場によって再び競争は活性化する。京成は主要な新聞に初詣の広告を掲載し電車を増発すると、国鉄側も臨時列車や往復運賃の割引で対抗した。

 この結果、京成が開業前の1926年元日の国鉄成田駅の乗降客数は2万4400人であったが、京成開業後の1927(昭和2)年は京成成田駅1万6000人、国鉄成田駅2万7000人の計4万3000人に、そして、1940年には京成成田駅14万1000人、国鉄成田駅10万2000人の計24万3000人と10倍近くまで増加したのである。

 この競争は戦争によって一時中断されるが、1950年に京成電鉄が他社に先駆けて大みそか終夜運転を再開して往復運賃の割引を行うと、国鉄も割引運賃などで反撃し、さらに翌年には、京成が初詣の往復乗車券の購入者先着2万名に空くじなしの「お年玉」(1等は松坂屋の商品券10万円)を進呈するといった具合に競争が復活した。

 他にも本書では伊勢神宮の参拝客をめぐる競争、宮城県の鹽竈(しおがま)神社をめぐる競争などがとり上げられているが、いずれも鉄道会社による競争と宣伝が初詣の参拝客の増加をもたらしている。まさに鉄道によって初詣という習慣は定着したのである。

 本書を読むと、初詣という「伝統」の形成に鉄道が大きく関わっているとともに、神社仏閣という既存の名所を利用しながら、鉄道会社が貪欲に旅客需要をつくり出していったこともわかる。

 リモートワークの広がりとともに通勤客が減る中で、このようなチャレンジ精神こそが鉄道会社に求められているのかもしれない。

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