「EV = オワコン」という思考こそが、実はオワコンだ――“地球に優しい”という議論はもはや「時代遅れ」である

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ステランティスが2025年12月期に約4.1兆円の赤字を計上した。表面の損益だけで「EVの終焉」を語るのは早計であり、産業は電動化とAIによる知能化へ不可逆に進んでいる。

短絡的な否定論

2026年1月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)
2026年1月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

 世界的なEV市場は、現状では踊り場に差し掛かっている。しかし、短期的な需要の増減や企業の決算数字だけを根拠に「EVの時代は来ない」と結論づけるのは、現実の動きと技術の進化を見誤る判断だ。

 各社は移行期特有の混乱に直面しているが、これは産業の構造が根底から変わる過程で避けられない摩擦にすぎない。普及の速度が当初の予測からずれたとしても、需要が消えたわけではない。市場には依然として複数のパワートレインを求める声があり、メーカーには柔軟な対応が求められることも確かだ。

 それでも、中長期的に見れば、高度に知能化した未来の移動体において、電動化は避けられない基盤となる。一部地域で販売台数が伸び続ける現実も、この流れが後戻りしないことを示している。

 短期的な損失や株価の変動を理由に「EVはオワコン」と断じる議論は、変化を拒む人々のための“鎮痛剤”にすぎない。100年前、馬車から自動車への主役交代の際も、故障の多さや道路インフラの不備を挙げて新技術を嘲笑する層は存在した。

 今のEV否定論は、当時とほとんど同じ構図を繰り返している。進化の過程で生じる一時的な停滞を、あたかも技術の敗北であるかのように語るのは、あまりに視野が狭い。

 電動化は環境対策の枠に収まるものではない。AIとロボティクスが融合し、自律的に機能する移動体を実現するための中枢である。この現実を理解せず、旧来の価値観に固執して終焉を語ることは、思考停止の典型だ。

 知能化した文明は、電動化という土台の上にしか成り立たない。未来の現実を正しく見通すことができないまま「EVはオワコン」と叫ぶ声は、やがて圧倒的な現実の前に、歴史の塵のように消え去るだろう。

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