「EV = オワコン」という思考こそが、実はオワコンだ――“地球に優しい”という議論はもはや「時代遅れ」である
環境対策の枠を超えて

ステランティスが計上した222億ユーロ、約4.1兆円にのぼる損失は、唐突に現れたものではない。中身をたどると、米国市場での販売の伸び悩みがじわじわと積み重なった結果だった。147億ユーロ、約2.7兆円が米国事業に集中している。顧客の好みが変わり、排出ガス規制も揺れ動く。そうした移行期の条件が重なった。
なかでも影響が大きかったのが、2025年9月末にトランプ政権が打ち出した
「連邦税額控除の廃止」
である。購入時の負担を軽くする仕組みがなくなり、需要は目に見えて鈍った。10月の販売台数は前年同月比で24%減。第4四半期に入ると落ち込みはさらに広がり、36%減まで下がっている。数字を追っていくと、勢いが途切れた様子がそのまま表れている。
会社側も手をこまねいていたわけではない。電動ピックアップトラック「ラム」の計画は取りやめ、既存ブランドのいくつかのモデルも終売に踏み切った。2025年通期の純損益は、前期の約55億ユーロ、約1兆円の黒字から赤字へ転落した。経営にとって軽い話ではない。それでもアントニオ・フィローザCEOは、この赤字を
「エネルギー転換のスピードを過大評価したことによるコスト」
と説明している(『ブルームバーグ』)。読み違えがあったのは市場の進み方であって、技術が行き詰まったわけではない、という見立てだ。政策の変更と投資のタイミングがかみ合わなかった。そのずれが損益に表れた、と考えるほうが実態に近い。
ここまで来ると、電動化を環境対策の延長で語る枠組みは、古びて見えてくる。もちろん排出量削減という利点はある。ただ、それだけで判断できる段階は過ぎた。産業の重心が動くなかで、どの分野が主導権を握るかが問われている。今回の損失も、その入れ替わりにともなう調整の一部として理解したほうが腑に落ちる。
短期の赤字をもって技術の進歩まで否定するのは、話を単純にしすぎているのだ。