日本の「移動時間」そのものが観光になる理由【連載】平和ボケ観光論(7)【連載】平和ボケ観光論(7)
日本の鉄道は、列車の正確な運行と安全な環境が生む「無防備な移動時間」で、4270万人のインバウンド旅行者に心身の平穏を提供し、9.5兆円消費を支える。
ハチ公像が映す鉄道文化

「訪日ラボ」が2025年2月に発表したインバウンドに人気の史跡スポットで、渋谷のハチ公像は第2位にランクインした。1位の岐阜県・白川郷、3位の北海道・札幌市時計台と並び、観光の定番として定着している。
多くのインバウンドが渋谷のスクランブル交差点を渡り、その流れでハチ公像と記念写真を撮る光景は、意識せずとも日本の優れた交通環境に触れる体験になっている。圧倒的な数の歩行者が街を埋め尽くす様子は、公共交通が都市の隅々まで機能し、人々が安心して歩ける環境が整っていることを如実に示している。
ハチ公の物語を支えているのは、鉄道駅という舞台装置でもある。主を待ち続けたハチ公の姿は、正確なダイヤで運行される鉄道網と、それに基づいた人々の規則正しい生活習慣を象徴している。
映画『ハチ公物語』のハリウッド版では舞台が米国に置き換えられたが、車を前提とする社会では、駅で主を待つという設定に現実味を持たせるのは難しい。ドア・トゥ・ドアの移動が前提の社会と比べ、鉄道駅を拠点に歩いて街を巡る日本の都市構造は、路地裏の店や予期せぬ風景に出会う機会を自然に増やしている。鉄道文化と結びついた歩きやすい街のあり方が、ハチ公という物語に説得力を与え、インバウンドを引き寄せる要因となっているのだ。