日本の「移動時間」そのものが観光になる理由【連載】平和ボケ観光論(7)【連載】平和ボケ観光論(7)

キーワード :
,
日本の鉄道は、列車の正確な運行と安全な環境が生む「無防備な移動時間」で、4270万人のインバウンド旅行者に心身の平穏を提供し、9.5兆円消費を支える。

インバウンドが選ぶ地方鉄道

 内閣府規制改革推進室が2025年1月に発表したインバウンドの移動実態調査によると、滞在中の主な交通手段として「電車、地下鉄」を利用する割合は

「80%」

に達している。コロナ禍を経てインバウンド数が回復するなかで、鉄道を利用する人の数は確実に増え続けている。ナビタイムジャパンが2025年4月に発表した分析でも、日本の地方鉄道でインバウンドの利用が急増していることが示されている。

 福井県のえちぜん鉄道では2023年度比で2.21倍、石川県のIRいしかわ鉄道では2.05倍、秋田県の秋田内陸縦貫鉄道では2.04倍と、地方のローカル線をあえて選ぶ旅行者の姿が目立つ。宮城県の仙台空港鉄道が2.00倍、大阪府の北大阪急行電鉄が1.81倍という数字も、移動そのものを楽しむ層が定着しつつあることを示している。

 目的地に早く着く効率よりも、速度の遅い列車に揺られる時間を買う感覚だ。この傾向は、日本が「安全な国」として信頼されていることと密接に関係している。車内で居眠りをしていても荷物を盗まれる心配がほとんどない環境は、海外から訪れる人々には驚きに映るだろう。公共の場で周囲を気にせず駅弁を広げ、食事を楽しむ行為も、空間と他者への深い信頼があって初めて成立する。

 日本の鉄道は、移動という機能に加え、防衛本能をオフにできる体験を提供している。この無防備な空間こそ、他国では簡単に再現できない、日本ならではの希少な資産である。

全てのコメントを見る