いすゞ「乗用車復活」の日は来るのか? 撤退から30年以上……トラックメーカー視点で読み解く再参入の課題とは
かつて117クーペやベレットで日本の乗用車市場に存在感を示したいすゞが、商用車で築いた年間30万台規模のASEAN生産基盤を武器に、EV・SUV需要が伸びる国内市場への再参入を検討する。ブランド再構築と提携戦略が成否のカギとなる。
トラック事業の市場優位

いすゞ自動車の創業は1916(大正5)年に遡る。東京石川島造船所と東京瓦斯電気工業(いすゞの前身)が自動車製造を企画したことが始まりだ。「いすゞ」の名称は、伊勢神宮の境内に沿って流れる五十鈴川に由来する。
1933(昭和8)年、石川島自動車製作所はダット自動車製造と合併し、自動車工業に改称した。翌1934年には日産自動車となり、1937年にいすゞ自動車の前身である「東京自動車工業」が創立された。1942年には日野製造所を分離し、現在の日野自動車が設立されている。
いすゞにとって大きな転機は2006(平成18)年だった。1971年から続いた米ゼネラルモーターズとの資本提携を解消したのだ。さらに2020年にはボルボ・グループと戦略的提携の基本契約を締結し、ボルボ子会社の「UDトラックス」を傘下に収めた。
国内の大型・中型・小型トラック市場で、いすゞはトップシェアを維持している。現場では、営業担当や物流企業から「信頼性が高く、保守コストも安定している」と評価され、長年にわたり市場優位を保ってきた。一方、日野自動車と三菱ふそうは2026年4月に持ち株会社「アーチオン」を設立し、新会社の完全子会社となる予定だ。両社のトップにはダイムラートラック出身者が就任する。こうした背景から、国内トラック市場の競争は一層激化すると見込まれ、収益確保には経営効率化と市場拡大が欠かせない。
いすゞはUDトラックスとの相乗効果によりトラック事業の優位性を維持できる見通しがある。しかし、収益の柱をさらに増やし、盤石な経営基盤を築く必要がある。現場の顧客や営業担当者の声を踏まえると、乗用車市場への再参入を検討する論理的な理由が見えてくる。