激しすぎる蛇行! 町田・八王子の境界に残る「戦車道路」をご存じか
軍需目的で造られた「尾根の蛇行」

「戦車道路」は1943(昭和18)年、相模原市にあった相模陸軍造兵廠に併設する形で整備された。戦車や装軌けん引車の試作・走行テストを行うための試験路で、計画では全長約30kmが予定されたが、実際に整備されたのはおよそ8kmほどだった。幅約20mの未舗装路を戦車が走行し、兵器学校の訓練生が操縦技術を習得したという記録が残る。
尾根沿いに道路が敷かれたのは、軍事機密を守る必要と地形上の合理性によるものであった。谷を避けることで橋梁の建設を減らし、敵の視認も防ぐことができた。尾根の曲線に沿ってルートが決まった結果、現在のW字・V字のような蛇行が生まれた。これは意図的なデザインというより、地形を最大限に活かした結果と考えられる。
当時、この地域はほとんど人家がなく、丘陵地の環境は造兵廠で製造された戦車の搬入や試験に適していた。土地の買収と造成は戦争末期の急速な軍需計画に合わせて進められ、短期間で整備が完了した。
戦後、この「戦車道路」はGHQの接収を免れ、防衛庁の技術研究本部第4研究所(1957年設置)が使用することで、装甲車両の走行試験などに引き続き活用された。1980年代に入ると相模原試験場の再編に伴い利用は停止し、多摩ニュータウン造成計画にあわせて東京都が土地を借り上げ、町田市が管理主体となった。1984年以降は舗装・緑化が進み、一般開放され「尾根緑道」として現在に至る。
1988年には手づくり郷土賞(やすらぎとうるおいのある歩道)を受賞し、尾根緑道下には、多摩ニュータウン通りなどの主要道路が貫通しており、小山長池トンネルや小山内裏トンネルといった複数のトンネルが存在する。防犯カメラ設置などにより安全面の対応も進んでいる。
土地の制度上の引き継ぎも複雑で、国有地から都立公園、さらに市管理へと移行する過程では、土地評価や境界確定の手続きが錯綜した。防衛庁・東京都・町田市という三層の行政が関与する構造は、現在も維持管理の責任範囲や緊急対応の調整に影響を及ぼしている。