「実現させる気はあるのか」 未着工の「蒲蒲線」計画から浮かび上がる、大田区と東急の深い混迷
東急にとっては路線間競争勝利の道具

一方、東急の狙いはガラリと違い、企業グループ全体や沿線の価値を高め、ライバル会社との路線間競争で勝ち抜くための強力コンテンツだと位置付けている。
本社のある渋谷を牙城とし、東京23区の西南地区から多摩南部、神奈川県川崎市、横浜市一円に路線網を構えるのが「東急王国」の特色で、渋谷にはITやファッション、アートなどクリエーティブな資源が集積し、一方で田園調布や自由が丘、二子玉川など著名でハイグレードな街を沿線に抱えており、関東では高いブランド力を誇る。
だが少子高齢化が進展するなか、鉄道会社にとって稼ぎ頭の定期券収入が漸減、この流れは2020年に発生した新型コロナ禍によるリモート・ワークやDX(デジタル・トランスフォーメーション)の進展でさらに加速しそうな勢いだ。要するに「通勤・通学離れ」である。
こうした取り巻く環境の変化を捉えて、沿線の魅力や路線の利便性を高めて沿線住民やや路線利用者を獲得していくことが、今や鉄道会社共通の戦略である。とりわけ東京23区の南西部~西部地区は東急、小田急電鉄、京王帝都電鉄の大手私鉄3社がひしめく激戦地でもある。
総力戦を勝ち抜くため、東急は10年以上前から牙城・渋谷の大改造計画に着手。超高層商業ビル・渋谷ヒカリエを筆頭に、東急東横線渋谷駅地下化や東急百貨店東横店跡地の再開発など、「50年に一度」とも呼ばれる大改造を現在進行中だ。
そして2010年の羽田の再国際空港化に呼応し蒲蒲線への関与を強化、「世界から注目されるSHIBUYA」と高らかにうたい、そして海外渡航者を羽田から渋谷へとダイレクトに移送する手段として蒲蒲線を位置付けているわけである。
ちなみに東急側が想定する羽田~都心直結路線は、京急羽田線~蒲蒲線~東急多摩川線~(田園調布駅)東急東横線~渋谷駅のルートだ。当然ながらノンストップの特急電車(ライナー)や、さらに東横線と相互乗り入れする東京メトロ地下鉄副都心線や西武池袋線、東武東上線との連携、東横線の横浜方面や田園都市線沿線と羽田とを結ぶ直通電車(スイッチバック方式でアクセス)も想像に難くはないだろう。
またこれとは別に、東急は「企業価値の向上」という観点からも蒲蒲線を重視する。東京の空の玄関口・羽田へのアクセス路線を有する鉄道会社というインパクトは海外投資家への強力なアピールになるからで、株価のアップや資金調達面はもちろん、今後のグローバル展開に際しても極めて有効だと考えている。