平成の特別番組「ビートたけしのお笑いウルトラクイズ」 なぜバスはクレーンで吊り下げられたのか? 過激な笑いが許された時代を読み解く

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「バス吊り下げアップダウンクイズ」の過激な演出が許容された背景には、1989年から1996年の激動期における視聴者の欲求とメディアの競争が深く影響していた。社会の変化に伴い、過去のテレビエンタメがどのように進化し、現代ではなぜ受け入れられなくなったのかを探る。

SNS時代に消えた集団的合

クレーンのイメージ(画像:写真AC)
クレーンのイメージ(画像:写真AC)

 人はなぜ、他人が酷い目に遭うのを見て笑うのか。この問いは古くから議論されてきたが、ひとつの答えは「制御された危険」にある。サーカスの綱渡りやジェットコースターと同じように、「危なそうに見えるが、本当は安全」という状況は観客に快楽を与える。

「バス吊り下げアップダウンクイズ」の場合、視聴者は

「これはテレビの演出であり、最悪の事態にはならない」

と理解していた。しかし、海に落とされる瞬間のスリルはリアルであり、そのギャップが笑いを生んでいた。これは「予定調和の崩壊」ともいえる。正解すれば戻れるが、誤答すれば落ちるというルールがあるからこそ、芸人たちが“わざと”ボロバスに乗る状況がさらに面白くなる。視聴者は「彼らは落ちる運命にある」とわかっていながら、その瞬間に快感を得ていた。

 また、笑いには「集団的合意」という側面もある。当時の視聴者は、「芸人が体を張る」というテレビ文化を共有していたため、それを笑うことに疑問を抱かなかった。現代ではSNSによって個々の価値観が可視化され、同じような企画が放送されれば即座に批判される。しかし、当時はテレビが「笑いの基準」を一方的に決定できたため、「笑っていいもの」としての地位が確立されていた。

 現在、このような演出が許されなくなったのは、

「笑いの前提」

が変わったからだ。視聴者は、テレビの出来事を単なるフィクションとして割り切るのではなく、現実の延長として捉えるようになった。SNSの普及によって個々の倫理観が即座に共有され、「これは行き過ぎではないか?」という疑問が可視化されやすくなった結果、

「過激 = 面白い」

という価値観が崩れた。

労働環境の変化も影響している。芸人が体を張ることが「職業上のリスク」として認識されるようになり、企業も出演者の安全を守る責任を強く問われるようになった。かつては「消費されるエンタメ」だったものが、

「守られるべき権利」

へと転換したのだ。

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