昭和の夜汽車を再現! 大井川鐵道「SL夜行」 チケット3分で完売の衝撃、ファンに愛された当日を振り返る

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かつて日本中を駆け抜けた夜行列車の時代が、大井川鐵道のSL夜行列車で蘇る。台風被害で一部不通の区間を活用し、わずか30分の運行ながらも「蒸気暖房」や「小型ライト」で昭和のノスタルジアを演出。特別列車の成功が示す、地域鉄道の可能性とは?鉄道文化復興への挑戦を追う。

旧型客車が語る日本の軌跡

早朝の上野駅に信越線経由の夜行急行「妙高10号」が到着。直江津から7時間の長旅だった。乗客を降ろし回送列車となるところ。1982年撮影(画像:広岡祐)
早朝の上野駅に信越線経由の夜行急行「妙高10号」が到着。直江津から7時間の長旅だった。乗客を降ろし回送列車となるところ。1982年撮影(画像:広岡祐)

 かつての夜汽車は、長距離を旅する日本人にとって、避けることのできない重要な移動手段だった。特急や寝台列車が増発されても、経済的な面から夜行急行の座席車をえらび、4人がけのボックスシートで夜を過ごす人々も多かった。また、特急列車にくらべて停車駅が多かったことも見逃せない。古い時刻表を見ると、過疎化が進行する前の日本の地方の姿が浮かんでくる。

 混雑した車内は出張の会社員や帰省客、冠婚葬祭などの要件で目的地へ急ぐ人々などさまざまで、

・固い座席で押し黙って目を閉じる人
・同行者と酒をかわす人
・見知らぬ人との一夜限りの会話に笑い、そして涙する人

など、さまざまな情景が見られた。日本がバブル景気に沸く1980年代でも、こんなスタイルの旅が残っていたのである。

 機関車にけん引される客車には、戦後の復興期から40年近く変わらぬままの姿で活躍をしているものもあり、地方を走る長距離列車のなかには、戦前製の古い車両さえつながっていた。冷房はなく、夏は蒸し暑い車内から抜け出て、手動のドアが開け放たれたままのデッキで涼む乗客も珍しくなかった。

 通路まで埋まる満員の車内で過ごす一夜、あるいは白熱灯の淡く光る薄暗いボックス席で足を延ばしてまどろむ時間を、今では経験することができない。「旧型客車」と総称されるこれらの車両での長旅は人々の記憶に残り、現存する数少ない車両は、往時を今に伝える貴重な存在となっている。

 これらの懐かしい客車を最も所有し、観光列車として長く活躍させてきたのが大井川鐡道なのである。

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