帆船はただの移動手段ではない! クアウテモック「横須賀港入港」が示す、国際交流の重要性とは
帆船と戦争の記憶

2010(平成22)年夏、ポルトガル海軍の練習帆船サグレスが17年ぶりに横浜港に寄港し、多くの見学客でにぎわった。米国のサンディエゴを目的地とした1年におよぶ練習航海は、チリ建国200年のフェスティバル参加、上海万博のプレゼンスなど、世界各地のイベントに立ち寄る役割もあり、日本への寄港は日葡修好通商条約締結150年を記念したものだった。横浜出港後は長崎港、そしてポルトガル人による鉄砲伝来の地、種子島にも寄港している。
サグレスは全長90.8m。第2次世界大戦前の1937(昭和12)年に完成している。もとはドイツ海軍の艦船だった。1933年に完成した練習帆船、ゴルヒ・フォッグとその同型船3隻のうちの1隻で、ハンブルグのブローム・ウント・フォス社で建造された。
これら4隻の戦後は興味深い。ナチスドイツの敗北後、ゴルヒ・フォッグは賠償艦として旧ソ連の練習船となり、のちにウクライナへ、そして母国ドイツに里帰りして博物館船として保存された。同じく賠償艦としてルーマニア海軍の船となったミルチャ、大西洋を渡り、米国沿岸警備隊の練習船となったイーグルの2隻は現在も活躍中で、さまざまなイベントに姿を見せている。整備や補修を重ねた帆船の寿命の長さには驚かされる。
サグレスの旧名はアルベルト・レオ・シュラーゲターといい、第1次世界大戦のドイツ軍人の名を冠したものだった。米国の収用とブラジルへの転売を経て、1961年にポルトガル海軍の所有となった。新たな船名はユーラシア大陸西端の地名。大航海時代初頭にポルトガル王子ヘンリー(エンリケ)が航海学校を設立した町の名である。これにちなみ、船首には「航海王子」(Prince Henry the Navigator)として名高いヘンリーをかたどった像が飾られている。
2010年のサグレスの世界周航は「ポルトガルのアジア到着500年」という節目の記念航海でもあった。大航海時代、ポルトガルがインドのゴアを占領したのが1510年。リスボン繁栄の礎となった植民地、ゴアが解放されたのは1961年で、くしくもこの美しい帆船がポルトガルの軍艦となった年だった。