JR東日本「SKISKI」キャンペーンが作った平成の高揚感 “スキー旅行”のきらめきをもう一度

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JR SKISKIがスノー業界に与えた影響を考察。90年代のCM曲「CHOO CHOO TRAIN」はミリオンヒットとなり、人気の過熱に大いに貢献した。

CDバブルとスノーボードの普及

globe「DEPARTURES」(画像:avex trax)
globe「DEPARTURES」(画像:avex trax)

 続いて、90年代後半のJR SKISKIのCMキャラとCMソングだ。

・95-96季:江角マキコ・竹野内豊/globe「DEPARTURES」
・96-97季:青山恭子・田辺誠一/globe「Can’t Stop Fallin’ in Love」
・97-98季:浜田雅功/浜田雅功「春はまだか」
・98-99季:吉川ひなの /GLAY「Winter,again」

 90年代後半はスノーボードが急速に普及した時期で、スキー・スノーボード人口のピークは長野五輪が開催された97-98季だ。

 時を同じくして、J-POP業界ではCDが空前のセールスを記録する“CDバブル期”を迎えていた。JR SKISKIは、globeやGLAYなど、そのムーブメントの頂点にいたアーティストの楽曲を起用。これは、JR東日本側……というよりスノー業界全体にとっても、アーティスト側にとっても、メリットのあるコラボだった。

 最先端のJ-POPと連動することで、スキー・スノーボードのトレンド感は増し、globe、GLAYにとって、当該CM曲が過去最大のヒットとなった。

 ただし、この時期のCMの登場人物は、社会人カップル、30代ぐらいの男性2人組、若い男女グループと変化している。関係者はあれこれ模索していたのである。

スキー人口の減少とゲレンデの変化

木村カエラ「Snowdome」(画像:コロムビアミュージックエンタテインメント)
木村カエラ「Snowdome」(画像:コロムビアミュージックエンタテインメント)

 次は、2000年代後半のJR SKISKIのCMキャラとCMソングだ。

・06-07季:木村カエラ・スノーウィー(雪の化身)/木村カエラ「Snowdome」

 2000年代になると、不況、少子化、レジャーの多様化などを背景に、スキー・スノーボード人口は減少傾向をたどる。

 一方で、80年代後半から90年代前半に若者だった人たちが、子連れでスキー場に戻ってくる現象も生まれた。明らかに90年代とはゲレンデの空気が変わったのだ。

 そんな時代に、JR東日本はJR SKISKIというブランドを使わなくなる。スキー・スノーボードのキャンペーンは展開し続けたものの、費用対効果の問題なのかCMに著名タレントは出演せず。CMが制作されないシーズンもたびたびあった。

 ただし06-07季だけは例外で、人気絶頂期にあった木村カエラを起用し、1シーズンのみJR SKISKIが復活。模索期間は続いたのだ。

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