なぜ「一人旅」は旅館で歓迎されなかったのか? かつては想像できない“恐怖”のイメージも…… SNS話題のネタを深掘りする

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宮城県の「温湯温泉 佐藤旅館」が一人旅の受け入れを積極的に発表し、SNSで2万5000の「いいね!」を集めた。かつては一人客が敬遠されたが、近年は受け入れ態勢が整っている。この流れは宿泊業界の変革を示唆している。

一人旅特集が変えた風潮

沢木耕太郎『深夜特急1 ー 香港・マカオ』(画像:新潮社)
沢木耕太郎『深夜特急1 ー 香港・マカオ』(画像:新潮社)

 この背景には、仕事以外で一人で旅をすることが極めて特殊なことと考えられていた時代があった。

 新聞データベースで一人旅に関する記事を調べてみると、1990年代まで純粋にレジャーとしての一人旅を取り上げた例はほとんど見当たらない。自転車で日本一周や海外を旅する人々の話ばかりだった。

 つまり、一人旅は沢木耕太郎の『深夜特急』のような求道的な旅や、1974(昭和49)年にフィリピンのルバング島で小野田寛郎を発見した鈴木紀夫、1975年にサハラ砂漠を一人で横断しようとした上温湯隆(かみおんゆ たかし)のような“冒険的な試み”として認識されていたのだ。

 では、一人旅はいつから特殊なものではなく、誰もが気軽に参加できるレジャーに変わったのだろうか。そのきっかけは1990年代にあった。1993(平成8)年9月、日本交通公社が発行した旅行情報誌『旅』が初めて一人旅を特集し、付録に付けられた

「一人でも泊まれる宿リスト」

が大きな反響を呼んで瞬く間に完売した。これ以降、同誌は相次いで一人旅を特集し、どれも完売するほどの反響があった。また、1994年からは一人でも参加できる添乗員付きの国内ツアーも販売が始まった。

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