大阪万博「シャトルバス運転手」が全然集まらないのは、やはり“民営化の呪い”なのか?
市バス民営化の影響

1970(昭和45)年に開催された大阪万博では開催期間中だけの鉄道が建設され輸送を担っている。当時、会場の千里丘陵には鉄道が乗り入れていなかった。そこで、国が仲介に入り、大阪市営地下鉄を江坂まで延伸し、そこから万博会場までを阪急主体の新会社「北大阪急行電鉄」が建設・運営するという形で実現にこぎつけた。
このように、わずか数か月の期間限定とはいえ、新たな鉄道会社を設立してまで輸送力を確保しようとしたのは、万博の成功が国家的なプロジェクトとして位置づけられていたからだ。万博の失敗は許されない、という強い危機意識があったからこそ、ここまでの措置が可能になったのだろう。ところが今回は
「地下鉄を増発すれば何とかなる」
「不足分はバスで補えばいい」
そんな希望的観測ばかりが広まっているように見える。注目すべきは、2018年に実施された大阪市営バスの民営化がバス運転手不足に拍車をかけた可能性が高いことだ。
民営化によって、バス運転手という職業の将来性に対する不安が広がったのではないだろうか。安定的な雇用が保証されていた公営時代と異なり、民間企業となれば経営状況次第では解雇のリスクもある。加えて給与水準の引き下げによる生活の不安定さも重なり、バス運転手という仕事の魅力が大きく損なわれてしまった。
「安易な民営化」
によって、バス運転手という職業の将来性が揺らいでしまった。その結果、優秀な人材が次々と離職し、今や深刻な運転手不足に陥っているのである。
万博シャトルバス運転手不足の一因となっていることは考えすぎだろうか。経営効率化を優先するあまり、長期的な人材確保の観点を欠いていたことが、いま大きな問題として突きつけられているのではないか。もはや「民営化の呪い」といってもいいのではないか。
万博の成功のためにも、そして大阪の公共交通の未来のためにも、ここは一度立ち止まって、民営化のあり方を再考する必要がある。単なるコスト削減ではなく、持続可能な公共交通を支える人材の育成と定着。その視点こそが、いま求められているのだ。
新人どころか、ベテランや管理職すら辞めてしまい、「ドライバー超募集!」から「ドライバー長 募集!」とならないことを願っている。