タクシー運転手“ハト轢き殺し事件”が突き付けた、道路利用の現代モラル 「動物の権利」vs「人間中心主義」という文脈で考える
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政治における動物愛護

動物の権利は、現代社会において広く認識されている概念である。動物の権利に関する議論は、哲学者ピーター・シンガーが1975年に著した『動物の解放』にその起源を見いだすことができる。
功利(快楽を求め、苦痛を避けること)主義的な立場から、シンガーはすべての知覚ある生き物の快楽的な苦痛を平等に考慮することを主張した。
シンガーは、快苦は誰が感じようと等しく重要であり、種間の違いを超越した道徳的配慮を促すものだと主張した。これは、人間を優遇し、他の生き物をないがしろにする
「種差別」
に対する批判であった。
日本では、思想家の太田竜が著書『家畜制度全廃論序説』『声なき犠牲者たち──動物実験全廃へ向けて』を発表し、畜産制度と動物実験の全廃を提唱した。
太田はシンガーの「種差別」を「人類独尊主義」と訳し、人間中心の価値観に基づく動物の扱いに疑問を呈した。このイデオロギーは、社会に動物の権利を意識させる上で重要な役割を果たした。
今日、動物愛護を政策のひとつに掲げる政治家は多いが、太田はその先駆者である。1990(平成2)年の第39回衆議院議員総選挙で、太田は「地球維新党」を立ち上げ、候補者として立候補した。「人類は地球破壊の罪を総懺悔せよ」というスローガンのもと、太田は環境破壊の防止、自然食(肉食禁止・純粋穀菜食・少食)、反家畜制度(屠殺禁止、動物実験禁止)を提唱した。
いうまでもなく、この政党はまったくうまくいかなかったが、動物の権利という概念を広め、政治領域にも影響を与えるに至った。
新宿区の事件は、現代社会における動物の権利と人間の責任に関する長い議論の中で、重要な契機となる。この事件を通じて、ドライバーや道路を利用する全ての人々には、人間中心的な権利観念の見直しと、動物に対する配慮が求められる。道路上では、人間だけでなく動物も共有者であり、その安全と権利を尊重する必要がある。
仏教の「衆生」の概念に照らし合わせると、人間と動物は相互につながり合い、互いに影響し合っている。このため、ドライバーは道路上で動物を目撃した際、単に法律を順守する以上の配慮を行うべきである。例えば、動物が道路に現れた場合は、安全に速度を落とし、必要であれば停止して動物が安全に通行できるようにすることが求められる。また、動物が道路を横断している場合は、クラクションを鳴らして驚かせることなく、ゆっくりと通過することが望ましい。
このような配慮は、動物の権利を尊重するだけでなく、道路上の安全を確保するためにも重要である。ドライバーは、動物との共存を意識し、予測不可能な状況に適切に対応することで、事故のリスクを低減できる。新宿区の事件は、ドライバーと道路を利用する人々に、動物との共生をどのように実現できるかを考える機会を提供する。人間と動物が共存する社会を目指し、それぞれの権利と安全を考慮した道路利用を、これを契機に考えてみたい。
最後に、タクシー運転手の9割9分は良心的な存在であり、同じ状況でハトをひこうとすることはない。彼らの職務への誇りや業界イメージをこのようなことで汚してはならない。
そしてひかれたハトさん、安らかにお眠りください。