いすゞ小型トラック「エルフ」 初登場の昭和34年から「車名」が変わらないワケ

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昭和20~30年代、戦後日本で隆盛を極めた小型トラック市場。その中でいすゞの「エルフ」が存在感を示した理由とは?

優れた運用コスト 中距離以上にも採用

いすゞ・エルフ(画像:守山進)
いすゞ・エルフ(画像:守山進)

 そんな状況の中、エルフは快適なキャビンに加えて中低速トルクに優れ、燃費も良く、そもそも燃料代自体がガソリンに比べて安価だったディーゼルエンジンを得たことで、一躍大型トラックよりもランニングコストの安い手段として、中距離以上の運送にも使われる様になったのである。

 走行距離が多く稼働日数も長い中距離以上の輸送トラックにとって、安価な運用コストこそは経営上極めて重要だった要素であり、ここに小型トラックのエルフが食い込むことができた意義は大きかった。

 この新しい流れに追随することとなったのが三菱である。

 まずは、それまでオート三輪を製造していた水島工場で新たに製造されることとなったのが、1959(昭和34)年12月に発売されたボンネットトラックのジュピターだった。

 ジュピターは最大積載量が2.5トンの普通トラックであり、搭載されていたエンジンはガソリンもディーゼルも他車よりもパワフルだった。

 キャブオーバーではなくボンネットとしたのは、使い慣れたボンネット型の大型トラックを運用していた大多数の運送業者に対してのアピールの意味があったものと思われる。

 そして、エルフのライバルというべき2トン積のキャブオーバートラックはというと、「三菱ふそう」のブランドとともに大型トラックを製造していた川崎工場によるキャンターが1963年3月に発売され、瞬く間に性格がよく似ていたエルフのライバルとして販売台数を伸ばして行くこととなる。

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