インドネシアでひそかに動く鉄道プロジェクト「スラウェシ島鉄道」 10月開業絶望的も、秘めたるポテンシャルはいかほどか
当面は旅客需要なし

一方で、こんな田舎に高規格路線を建設したところで果たして需要があるのか、そのような議論が全く見られない。まさに「我田引鉄」である。「ジャワ島重視」への批判をかわし、「地方開発も積極的にやっている」と言う政権アピールだ。
しかも、マカッサル~パレパレという二都市間を結ぶという当初目標は、市街地区間の用地取得、それに高架にするか否かという問題が決着しておらず、今回開業するのは両市街地から外れたマロス~バル間のみである。ただでさえ、地域間交流が少ないと言われているエリアで、旅客需要はほぼ無いことが予想される。そのため、当面の仕事は、港湾とセメント工場への引き込み線を活用した、原料・製品輸送になると目されている。
実は、このトランス・スラウェシ鉄道には壮大なインドネシアの夢が詰まっていた。と言うのも、トランス・スラウェシ鉄道を高速試験線にする計画が一時期持ち上がったからだ。
原野に伸びる高規格な路線で高速車両の試験を行うというのは、確かに理にかなっている。2021年8月の独立記念日にジョコウィ大統領は高速鉄道国産化を指示した。これは中国案で建設が進むジャカルタ~バンドン高速鉄道とは別で、現在、日本の協力で進めているジャワ北本線の準高速化(狭軌、最高速度160km/h)の計画を変更し、“フル規格”着工を目指すもので、そこに国産車両を導入するというものであった。
2024年までのプロトタイプ車完成を目指し、技術評価応用庁(BPPT)や国営車両製造会社(INKA)を中心として、設計作業が開始された。しかし、客車こそ国産化を達成しているが、一般電車や機関車の国産化には程遠い状況で、高速車両をわずか4年で製造できるはずもない。日本も含めた諸外国に技術協力を求めたものの、誰にも相手にされず、結局この計画は凍結された。
さて、運輸省発表を信じる限り、開業まであと3か月というのにいまだにオペレーターの名前が挙がっていない。このプロジェクトのためにPT. Celebes Railway Indonesia(セルベス鉄道インドネシア)という会社が設立されているが、これはコントラクターのコンソーシアム(企業連合)であり、開業後も土木関係の保守メンテナンスは実施するようだが、鉄道会社ではない。
国費で建設されている以上、オペレーターは国鉄PT. KAI(インドネシア鉄道)以外に無いのだが、先述の採算性の問題からKAI側が運輸省と対立しているものと思われる。既存線区でも、明らかに採算が取れずKAIの運行意志が無い線区に対しては、運輸省予算でKAIに運行委託したり、補助金を投入したりしているが、スラウェシ島も同様のスキームにしない限り、列車運行などとうていできない。おそらく、この費用負担関係が決着しておらず、KAI側の動きが鈍いものと予想される。
しかも、省令変更で運輸省が営業車両を保有することは禁じられたため、KAIが自前で車両を用意しなければならない。ただでさえ、KAIはやりたくもないジャカルタ~バンドン高速鉄道に多額の出資を強いられており、コロナ禍という収入源で、赤字前提線区への負担増など言語道断だろう。加えて、標準軌で建設されているために、既存線区からの転配もできない。だから、開業3か月前なのに車両すら用意されていない。それでも運輸省が強気でいるのは、発注すれば自家用車の如く、1か月も待っていれば納車されると、本気で思っているからだ。これぞ「インドネシアンマインド」だ。