プレスリーも惚れ込んだ「超高級車」! かつての名車を蘇らせた、カリスマデザイナーをご存じか

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リバイバルカーの伝説的存在とも言えるデザイナー、ヴァージル・マックス・エクスナー。1970年に誕生した「スタッツ・ブラックホーク」に、彼の情熱の軌跡をたどる。

あるスポーツカー復活へ、白羽の矢

スタッツ・ディプロマティカ。スタッツのラインナップに後に追加された4ドアモデル。アメリカの路上で見掛けることはまず無いレアモデルである(画像:守山進)
スタッツ・ディプロマティカ。スタッツのラインナップに後に追加された4ドアモデル。アメリカの路上で見掛けることはまず無いレアモデルである(画像:守山進)

 1968年、新規事業に行き詰まっていたエクスナーに救いの神が現れた。起業家のジェームズ・D・オドネルがエクスナーのデザインに感銘を受け、「スタッツ」の復活になら資金を提供しビジネスパートナーとなる旨を進言したのである。

 ここでスタッツというブランドについて解説しておこう。

 1911年、スタッツはドライバー兼エンジニアのハリー・C・スタッツによりワンオフのレースカーとしてインディ500にその姿を現した。安定した走りとともに11位で完走したことで商品化に自信を持ったスタッツは、翌1912年にはStutz Motor Companyを創設し、市販車ビジネスに乗り出すこととなる。

 その企業理念とは、レースカーのハイパフォーマンスを最前面に押し出したスーパースポーツ、もしくは高性能セダンというべきもの。

 特に1914年に発表したスーパースポーツの「Bearcat」は、インディ500を走ったレースカーをそのまま市販したと言っても過言ではない、まさにスーパースポーツ中のスーパースポーツだったと言われている。

 オドネルとエクスナーによる新生スタッツ・モーター・カンパニーは1969年に産声を上げた。ポンティアック・グランプリのシャシー・コンポーネンツをベースに、エクスナーの手によるオリジナルデザインボディを架装するというスタイルで生産が開始されることとなった。

 最初の市販車の名前は2ドアハードトップクーペの「Blackhawk」。そのデザインは3年前に完成していた新生デューセンバーグの試作車によく似ていた。

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