「大阪のサンマはまずい」――かつて“下品”と忌まれた下魚、1377両の車両が変えた“食の常識”とは

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大阪では伝統的に、サンマはまずい下魚とされていた。大阪においてサンマが秋の代表的な味覚となった背景には、昭和初期の鉄道輸送の発展があった。また、大阪名物安いてっちり(フグのちり鍋)が生まれた背景にも、鉄道輸送が関係していた。

大阪名物安いてっちりは、昭和初期から

ずぼらや(画像:写真AC)
ずぼらや(画像:写真AC)

 大阪名物の安いてっちり(フグのちり鍋)。てっちりを安く提供する習慣は、昭和時代初期から存在した。

 明治時代以降、大阪市ではフグを食べることが禁止されていたが、人々はこれを無視しフグを食べ続けていた。

“冬になると食味人を魅惑する鐵ちり(てっちり)が何處(どこ)の料亭のメニューにも割込んで來る”

『食道楽 昭和9年11月号』所収「京阪食味街」の一節である。

 九州・中国地方のふぐ鍋料理「ちり鍋」(てっちり)が伝わると、フグブームが加速。昭和初期の大阪の料亭は、どの店もてっちりを提供するようになった。

 そして“近頃鐵ちりをやる店が増へた勢が競争に引づられてか値段も追々と廉く”と、てっちりを出す店が増えたため、値下げ競争が起きていたという。

 どうやっててっちりを安く提供できたかというと、明石などの瀬戸内海産よりも3~5割も安い、伊勢湾産のフグを使用していたからだ。

 その頃の中京ではまだフグ料理が人気となっていなかったので、近海である伊勢湾産のフグが安値で放置されていた。それを鉄道による冷蔵輸送で大阪へと持ち込んだのである。

 秋の味覚である脂ののったサンマの塩焼きと、冬の安いてっちり。大阪におけるこれらの食文化は、昭和初期の鉄道による冷蔵輸送によってもたらされたのである。

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