「大阪のサンマはまずい」――かつて“下品”と忌まれた下魚、1377両の車両が変えた“食の常識”とは

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大阪では伝統的に、サンマはまずい下魚とされていた。大阪においてサンマが秋の代表的な味覚となった背景には、昭和初期の鉄道輸送の発展があった。また、大阪名物安いてっちり(フグのちり鍋)が生まれた背景にも、鉄道輸送が関係していた。

なぜ大阪のサンマはまずかったのか

さんまの回遊ルート(画像:全国さんま棒受網漁業協同組合)
さんまの回遊ルート(画像:全国さんま棒受網漁業協同組合)

 回遊魚であるサンマは、夏にオホーツク海方面でたっぷりと餌を食べ、脂を身につける。そして秋になると産卵のために、親潮の流れに乗って南下しはじめる。

 房総半島沖などで獲れたサンマは薄塩漬けにされ、江戸へと送られた。江戸で人気となったのは、この脂ののった下りサンマであった。

 その後サンマは、太平洋沿岸を西へと進むが、黒潮は西から東へと流れるので、潮の流れに逆らって泳がなければならない。

 紀州沖から四国にたどり着く頃には、サンマはやせ細ってしまう。大阪で伝統的に食べられていたのは、この脂ののっていないやせたサンマだったのだ。

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