日本の「無防備な日常」が世界の旅人を惹きつける理由【連載】平和ボケ観光論(8)
2025年の訪日客は4268万人と過去最多を更新し、再訪率は約7割に達した。背景にあるのは円安だけではない。夜道を女性が一人で走り、子どもが公共交通を使える日本の「無防備な日常」だ。長年築かれた交通網や治安、流通の信頼が、世界でも希少な“安心して歩ける国”という観光資産を生んでいる。
生活観光が生む摩擦

生活空間そのものが価値を持つようになると、住民の平穏な暮らしとの間に軋轢が生じる。これが各地で表面化している過剰な混雑やマナーの問題だ。京都や鎌倉といった地域では、住宅街にまで訪問者が入り込み、民泊の普及によって住環境に予期せぬ変化が起きている。
ゴミ出しのルール違反や公園での路上飲酒といった行為は、地域社会が長年積み上げてきた秩序を損なう恐れがある。こうしたマナー違反のなかには、一部の日本人の振る舞いを模倣しているケースも見受けられる。住民自身の行動が訪問者にとっての行動規範となっている事実は重い。
日本社会に漂う無防備な空気は、無限に湧き出る天然資源ではない。住民が過度な警戒を強いられるようになれば、これまで世界を惹きつけてきた防衛本能を解除できる環境は失われる。平和な状態を保つためには、社会全体の規律を維持し続ける必要がある。
訪問者が警戒を解いて滞在を楽しめるのは、日本が長年積み上げてきた高度な社会の仕組みがあるからだ。私たちが「平和ボケ」と呼んで自嘲してきたこの環境は、外部の視点によって、心身を回復させる世界屈指の資産であると明らかになった。
世界各地で移動に緊張と警戒がともなう現代において、防衛本能を解除した状態で滞在できることは、他国が容易に再現できない最高のぜいたくとなっている。有名な名所よりも、何気ない日常のなかにこそ、世界が求める価値が潜んでいる。
不安定な国際情勢のなかで、この先も夜道に女性ランナーがひとりで走れる日本であり続けることは、この国の豊かさを象徴するひとつの到達点だ。