「空き地で集合」はもはや死語?――ドラえもんの風景が二度と戻らない根本理由、小学生の外遊びが「45%減少」という現実

キーワード :
,
アニメに象徴される昭和型空き地は消えた。東京圏の地価が1975~1990年で商業地450.6に上昇する中、制度・資本・子どもの時間構造が重なり、都市の自由な余白はほぼ失われた現実を検証する。

三つの構造圧力

空き地イメージ(画像:写真AC)
空き地イメージ(画像:写真AC)

 昭和型の空き地が存続できなくなった背景には、さまざまな要素が重なった構造的な理由がある。

 制度による規制である。再開発促進区域制度は未利用地の有効活用を促し、土地区画整理は不整形地の統合を進めた。さらに全国471市区町村にまで広がった空き地条例は、土地所有者に管理責任を直接課し、目的なく土地を保有し続けることの負担を大きくした。土地はもはや放置できる場所ではなく、常に適切に管理された場所であることが法的に求められている。

 資本による収益化である。地価上昇により土地を遊ばせておく機会損失は膨らみ、REITや私募ファンドは、これまで活用されなかった狭小地さえも収益を生む対象に変えた。不動産が金融商品として運用される過程で、収益性が基準を下回る空き地は存在できなくなった。土地の価値は、情緒的な意味ではなく、そこから得られる収益によって決まるようになった。

 生活時間の変化である。外遊びの時間は大幅に減り、スマートフォンの利用時間は週1219分に達している。小学生の約8割、中学生の5割が習い事に通い、中学生の通塾率も5割に上るなど、子どもの時間は分刻みで管理されるようになった。子どもの移動は目的地への正確な到達を目指す行動となり、途中の空き地で過ごす時間は生活表から消えた。

 さらに移動中もデジタル空間で活動する生活様式が定着したことで、かつて物理的な場所を必要としていた時間の使い方は、存続基盤を失った。これら三つの要素が同時に作用したことで、昭和型空き地は制度的にも経済的にも維持できなくなったのである。

全てのコメントを見る