「ヤンキーはなぜ高級車に乗れるのか?」 ネットの素朴な質問が示した、都市部ホワイトカラーとの「逆転現象」

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実家暮らしの若者が高級車に乗る背景には、浪費でも例外でもない構造がある。住居費ゼロ、大学費用450万円の未発生、残価ローンで月7万円台――世帯資産と金融が生む「見える消費」を読み解く。

豊かさの象徴が映し出す社会の基盤

ヤンキーが高級車に乗れる理由。
ヤンキーが高級車に乗れる理由。

 高級車を日常の足として使う若年の労働層は、統計的な逸脱でも、思いつきの浪費家でもない。彼らが立っている場所を少し引いて眺めると、地方に残る土地資産、世帯という厚みのある生活基盤、そして車両購入を巡る金融手法を組み合わせた、一定の合理性が浮かび上がる。個人の収入だけを切り取っても、この姿は説明できない。

 路上で目にする光景は、努力や才能の結果を示しているわけではない。そこに映し出されているのは、日本社会に横たわる居住地の違い、家族のあり方の違い、資産の持ち方の違いが、車という形をとって可視化された姿である。本人の選択に見える行動の背後には、選択肢そのものを規定する条件がある。

 この状況を、前提を欠いた不公平と受け止めるのか。それとも限られた資源を現実的に配分した結果と捉えるのか。評価はわかれるだろう。ただその判断の仕方自体が、これからの移動や所有のあり方を読み解く際の重要な手がかりになる。

 高級車は、豊かさの象徴であると同時に、社会の基盤がどこに置かれているかを語ってしまう存在になっているのだ。

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