新宿の名門私鉄「海老名シフト」最終段階――本社一部移転、自ら新宿から「移住」する異例の本気度

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小田急電鉄は海老名駅西口「ViNA GARDENS」にファミリー棟とホテル棟を建設し、全9区画の開発を完了する。海老名駅は1日約14万人が利用する鉄道の要衝で、本社一部移転により現場との連携も強化されている。

後発私鉄の未開地開拓史

小田急の看板商品・ロマンスカー(画像:小田急電鉄)
小田急の看板商品・ロマンスカー(画像:小田急電鉄)

 小田急電鉄(創業当時は小田原急行鉄道)は、1927(昭和2)年に小田原線、1929年に江ノ島線を開業した。明治後期から大正期にかけて開業した他の大手私鉄に比べると後発だったが、新宿~小田原間80km超を一気に開業し、2年後には江ノ島線も一気に開通させ、業界に大きな影響を与えた。

 後発であったため、既存の市街地を避け、未開の地に直線的な路線を敷く区間が多かった。そのため沿線を自由に開発できる土壌があった。実際、小田急は創業当初から宅地開発や学校法人の誘致などを進め、沿線の開発を積極的に行ってきた。

 大手私鉄全般にいえることだが、自社沿線で住宅地や集合住宅、商業施設、娯楽施設などを開発し、鉄道の利用者を増やすと同時に、開発による事業収益を得る構造は戦前の阪急以来、日本の鉄道資本の基本モデルとなってきた。中には鉄道本業より沿線開発が主たる事業になっている大手私鉄も少なくない。

 ただし、小田急は沿線開発を行ってきたものの、ロマンスカーという看板商品が目立つため、一般には鉄道本業のイメージが強い。大手民鉄鉄道事業データブック2025によると、小田急の全事業収益に占める鉄軌道部門の割合は74.6%である。

 大手私鉄は不動産部門を別会社に切り出す例も多く、近年では持株会社体制をとることで電鉄自体が鉄道専業になるケースもあるため、この数字だけで鉄道本業の比重が高いとはいえない。それでも、東急や阪急、相鉄と比べると、小田急は沿線開発事業の印象がやや薄い。

 そのため、小田急が海老名で見せる開発への注力度は、他社に比べて際立って見える。

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