大衆食堂はなぜ「カレー」を名物にしたのか? 学生街と鉄道沿線の薄利多売が生んだ外食文化の歴史
大衆食堂、社員食堂、学生食堂など、和洋さまざまなメニューを安価に提供する食事の場を意味する「食堂」。もともと仏教用語であった食堂が外食店に採用されるきっかけとなったのが、鉄道であった。
鉄道から始まった外食店の「食堂」

大衆食堂、社員食堂、学生食堂など、和洋さまざまなメニューを安価に提供する食事の場を意味する「食堂」。この言葉はもともと仏教用語。「じきどう」と読み、僧たちが集団で食事をとる部屋を意味していた。江戸時代になると、昌平坂(しょうへいざか)学問所や各藩の藩校、つまり学校における集団給食用の部屋にも食堂の名が使われるようになる。その意味では、学生食堂という名称は歴史のある名称であるといえる。この食堂という言葉が外食店に使われるようになるのは明治時代。鉄道に食堂車が誕生してから。
初期の食堂車は西洋料理専門であることが多く、精養軒などの西洋料理店がその運営を委託されていた。
明治期の外国航路の汽船も西洋料理が中心。もともと鉄道も蒸気船も欧米由来の交通機関であったことから、そこで提供される料理も西洋料理となったのである。その結果、仏教用語が西洋料理店に使われるという、奇妙な習慣が生まれた。