伊豆大島、三宅島、八丈島……「伊豆七島」なのに、なぜ実際は「九つ」あるのか?
東京に属する伊豆諸島・小笠原諸島は、首都圏から数百キロ離れた離島群だ。物流や定期航路、航空路線で東京と結ばれ、行政や経済活動を支える一方、島の数や名称は歴史と現実の隔たりを映す。
青ヶ島の到達困難性

さて、伊豆諸島は九つの島(大島、利島、新島、式根島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島、青ヶ島)で構成されているが、しばしば
「伊豆七島」
と呼ばれる。いったいなぜか――。
その理由のひとつに、
・式根島
・青ヶ島
が数に入らないという説がある。
式根島は新島とふたつでひとつの自治体を形成している。江戸時代の元禄地震(1703年)で分かれるまでは、両島はもともとひとつだったという伝説もあるが、明治時代になってから新島の漁場を定住地として利用するようになったのが実際の経緯だ。式根島は新島に付属する島として扱われ、七島には数えられていない。
青ヶ島は、東京都に属しながら「到達困難な島」として知られている。火山の頂上部が海面から隆起し、周囲を崖で囲まれた独特の地形をしているため、島に渡る手段は八丈島からのヘリコプターか連絡船しかない。
連絡船は悪天候で欠航することが多く、ヘリコプターの定員も少ないため、訪問もままならない。海が荒れると帰島できないことすらある。こうした状況は、東京に属しながらも現実には外界との接続が制限されていることを示しており、離島における生活や行政の維持の難しさを象徴している。
青ヶ島は「鳥も通わぬ」といわれた八丈島のさらに南に位置しており、長く属地のように扱われてきた。このため、七島に数えないという説が有力となっている。