新車レビューが「単なる商品説明」に堕ちた理由とは? プレスリリース依存と「提灯記事」が読者のニーズに答えられない致命的欠陥

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企業発の情報をなぞるだけの報道が、なぜ読者の信頼と興味を失わせたのか。EV一辺倒の論調、レビューの形骸化、SNS主導の断片化──「ニュースのようなもの」が溢れる構造的背景を分析し、自動車メディア再構築の可能性を探る。

レビューが失った感動と情熱

 筆者(鳥谷定、自動車ジャーナリスト)は小学生時代から自動車雑誌を熱心に読み、父の影響で家には数多くの自動車関連書籍があった。

 ある雑誌には、当時あまり目にしなかった外車や新車の詳細なレビューが載っており、その写真や文章から車内の雰囲気や乗り心地を想像する楽しみがあった。運転経験がなかったにもかかわらず、レビューを読むうちに高揚感が生まれ、実際に乗ってみたいという純粋な願望を抱いた記憶は今なお鮮明だ。

 本来、試乗レビューはこうした感動や情熱を呼び起こすべきである。スペック紹介は重要だが、車の魅力を伝えることが不可欠だ。感情を引き出せなければ単なる商品説明に留まり、ネット検索で得られる情報との差別化もできない。

 レビューの執筆者には、その車の特徴や開発意図を読者に届ける責任がある。こうした視点が欠落したレビューを見るたびに、かつての自動車雑誌に胸を躍らせた日々が懐かしく思い起こされる。今後のレビューには、読者の心に届く「語り」が求められている。

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