高田馬場駅前はなぜ「不法占拠」されたのか? 西武鉄道が50年以上「黙認」――そんな土地が排除される令和現実、違法性を超えた社会的実態とは

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高田馬場駅前で「不法占拠」とされた店舗群が排除された。背景には、地価49.4%上昇や再開発計画、鉄道会社の資産戦略転換があると考えられる。だが、都市の隙間に宿った零細商業と市民の支持は、単なる違法性を超えた社会的実態を築いていた。

駅前闇市の集客力戦略

闇市のイメージ(画像:写真AC)
闇市のイメージ(画像:写真AC)

 都市の中心部、特に駅前の高アクセス性エリアに居座る行為は、戦後の混乱期に移動時間と費用を最小化する手段だった。高田馬場駅前の不法占拠店舗も、駅チカという立地が最大の強みであり、利用者はその利便性を享受してきた。

 闇市は交通インフラの利便性にただ乗りし、アクセス優位性で集客するビジネスモデルだった。新宿駅周辺でも終戦から1949(昭和24)年までに複数の闇市が駅から徒歩1分圏内に集中して誕生している。

 結局、不法占拠は都市における移動格差の裏返しである。資金がなければ駅から遠い場所しか借りられない。しかし駅から遠ければ客は来ない。正規市場で高価な駅前一等地を、非公式な手段で利用することで零細事業者が都市中心部で商売する「抜け道」として機能していたのだ。

 つまり、闇市による不法占拠は戦後混乱期特有の

「制度の隙間」

を突いた生存戦略である。都市空間の争奪は合法・違法の対立ではなく、資金はないがよい立地で商売したい庶民の切実な願いが生んだ現象だったのである。

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