なぜ「面影橋」は歌になる? NSP、かぐや姫…名曲を生んだ「早稲田の風景」と「消えゆく学生街」【連載】移動と文化の交差点(10)
都市の記憶が消えゆくなか、東京さくらトラムの面影橋は今も「追憶」の象徴としてたたずむ。多くの楽曲に歌われたこの地は、学生文化とともに変遷を遂げながらも、どこか懐かしさを残す。なぜ、この橋は人々の心を掴み続けるのか――歴史、音楽、そして都市の変容を辿る。
面影橋周辺に残るノスタルジー

近代都市へと変貌を遂げた東京のなかで、面影橋界隈は一種のエアポケットのような存在となっている。
筆者の学生時代、この地域には木造モルタルのアパートが点在していたが、今では面影橋の停留場がある新目白通り沿いに高層マンションが立ち並んでいる。以前は多くの早稲田大学の学生がこの周辺に住んでいたが、東京の大学も地方出身者の割合が減少しており、当時とは状況が異なっていることだろう。
確かに、早稲田大学周辺は再開発により大きく様変わりしたように見えるが、面影橋の周辺には依然としてノスタルジックな雰囲気が残っている。東京さくらトラムの面影橋停留場からは、筆者は数々の楽曲を思い出しながら、冬枯れた早稲田大学の構内へと向かった。