鉄道の使命、やはり「利益追求」だけではない? 英国「再国有化」が示す民営化の限界とは

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英国の鉄道民営化が失敗に終わり、再び国有化へと進んでいる。30年の民営化を経て、利益が株主に流れ、インフラ投資が遅れた結果、税金投入による矛盾が浮き彫りに。鉄道事業の社会的側面を無視した民間企業の限界が明らかに。

民営化の限界

『折れたレール』(画像:ウェッジ)
『折れたレール』(画像:ウェッジ)

 英国の国鉄鉄道民営化という壮大な社会実験の結果、再び国有化に向かっているのは

「民営化が失敗だった」

といってよいだろう。もちろん、失敗から学べることがある。鉄道収入で得られた利益の株主への流出に気付けたこともそうであるが、クリスチャンウルマー「折れたレール イギリス国鉄民営化の失敗」(坂本憲一監訳、ウェッジ)に特徴的な文章がある。

「鉄道事業に携わる企業はみな、自己のわずかな職域内で最大限の利益を上げようとする。つまり、(中略)鉄道事業を広く社会的見地から捉えようとしないのだ」

と。

 日本の場合、英国と異なり上下をまとめて担うJR方式であり単純に比較はできないという意見がある。そのとおりだろう。しかし、

・利益重視の株主の存在
・利益の株主への流出
・自社だけ最大限利益を上げようとする姿勢

は、JR方式であっても共通しているといえよう。

・赤字ローカル線を廃止したり
・JR各社が独自のICカードを展開したり

するのは自然の流れだった。ただ、「鉄道事業を広く社会的見地から捉えようとしない」という反省については、鉄道を社会的見地で捉えるのは本来ならば

「国の仕事」

であり、民営化したJR各社にそれを求めるのは無理がある。やはり、鉄道を

「もうけの手段」

ではなくネットワークという面で維持し続けるのは、民間企業では限界があるのではないだろうか。

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