六本木ヒルズができる前の風景、覚えていますか? 「2003年開業」以前の街並みとは

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六本木ヒルズの開発は、住民の生活を大きく変えた再開発の象徴だ。戦後の歓楽街化から現代の商業エリアへの移行。これからは、過去を尊重しながら未来を考える都市づくりが求められている。

芸能人も住む下町、独特の空間

1975年頃の航空写真。矢印が北日ヶ窪団地(画像:国土地理院)
1975年頃の航空写真。矢印が北日ヶ窪団地(画像:国土地理院)

 この地域の特徴を象徴する存在のひとつが、日本教育テレビに隣接していた北日ヶ窪団地(1958年完成、5棟、全116戸)だ。この団地は、日本住宅公団による東京の住宅不足解消策の一環として建設され、居住者専用の児童公園を備えるなど、当時としては非常に先進的な設計思想が取り入れられていた。

 また、興味深いことに、多くの芸能人がこの団地に住んでいたことも知られている。しかし、この重要な存在にもかかわらず、団地に関する詳細な資料は驚くほど少ない。例えば、当時の週刊誌には

「弘田三枝子は北日ヶ窪団地に住んでいる」

といった記述や、芸能人のファンレターの送り先としての住所が掲載されている程度だ。個人情報の取り扱いが現在よりも緩やかだった時代ならではの記録だが、それ以外の団地の様子を知るための資料はあまり存在しない。

 このように、六本木ヒルズの開発以前、この地域は

「さまざまな要素が混在する独特の空間」

だった。現在からは想像もつかないが、豊富な地下水を生かした工場群、先進的な団地、古くからの商店や住宅が共存し、いわば

「山手線の内側の下町」

といえる場所だった。芸能人が団地に住んでいたことは話題にはなったが、特別なステータスを示すものではなかった。むしろ、昔ながらの生活感が残る、東京の普通の住宅地という性格を持っていたのだ。

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