観光地はなぜ住みづらいのか? 「行きたい街」と「住みたい街」の違いについて考える

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「行きたい街」と「住みたい街」は観光の魅力と居住環境の違いから生じる。京都や沖縄は美しさで引きつけるが、住むと混雑や物価の悩みが浮かぶ。実際の居住地は地域コミュニティーや生活の快適さが鍵。住民の愛着や文化は数値化できない要素で、町の真の魅力を形成する。京都市民の47.7%が観光客のマナーに困っている現実を考えれば、地域づくりは住民視点が重要だ。

観光地の裏に潜む真実

京都観光のイメージ(画像:写真AC)
京都観光のイメージ(画像:写真AC)

 このような規定不可能性は、京都を例に挙げるとより具体的に理解できる。

 京都は「古都」や「観光の町」として知られているが、実際には2021年の京都市の産業構成比では製造業が24.2%と圧倒的な割合を占めている。また、人口に対する学生数の割合は6.3%で、全国平均の2.3%を大きく上回り、全国1位だ。大学進学率も67.8%(全国平均55.8%)で、こちらも全国1位となっている。

 このように、観光地としての側面が強調されがちな京都だが、居住者にとっての京都は、むしろ日常の営みのなかに存在している。

 京都の実情は、観光地から少し離れて歩くことで理解できる。例えば、河原町のような繁華街や八坂神社、清水寺周辺は常に観光客であふれ、オーバーツーリズム(観光公害)の深刻さを感じさせる。しかし、応仁(おうにん)の乱の発生地として知られる御靈神社(上御霊神社)や、大石内蔵助が隠居していたことで知られる山科に行くと、まったく異なる景色が広がっている。このような

「ふたつの顔」

を持つ町の姿は、まさに規定不可能性の好例だ。観光地として広まっている表の顔の裏には、製造業や学術といった強固な産業基盤が存在し、歴史を静かに伝える生活空間が広がっている。

「行きたい街」と「住みたい街」の違いは、こうした町の複層的な姿への理解の差にあるのかもしれない。

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