「悪夢再び」 小泉進次郎の規制緩和は「トラック業界」を再び破壊するのか? 親子二代にわたる労働環境悪化の辛らつ現実
競争社会の厳しさ

これはメリトクラシー(能力主義、功績主義)そのものである――。
メリトクラシーとは、個人の能力や業績に基づいて地位や報酬が決まる社会システムを指す。この考え方では、努力や才能が評価され、成功した人が認められるため、理論上は公平だとされている。メリトクラシーが進むと社会に与える影響は、次のとおりだ。
●格差の拡大
メリトクラシーが強化されると、成功した人とそうでない人の格差が広がる可能性がある。特に教育や機会に不平等がある社会では、もともと恵まれた環境にいる人がさらに成功しやすく、結果的に社会的・経済的な格差が拡大する。
●競争の激化
個人の成果が重視されるため、社会全体での競争が激化する。このため、個人のストレスや精神的なプレッシャーが増え、健康や福祉に悪影響を及ぼす可能性がある。
●共同体の弱体化
メリトクラシーが進むと、個人主義が強調され、社会全体の結束力が低下することがある。共同体意識が薄れ、他者との協力や支援の重要性が軽視される恐れがある。
●多様性の喪失
成果や能力に基づく評価が優先されると、特定のスキルや才能が重視され、他の価値観や多様な背景が軽視されることがある。その結果、社会の多様性が損なわれる可能性がある。
●政策の偏り
政府や企業がメリトクラシーを強化するための政策を導入すると、特定の業界や職業が優遇されることがある。これにより、他の重要な分野や職業が見落とされ、バランスの取れた社会の構築が難しくなるかもしれない。
メリトクラシーは理想的に見えるが、その実施が進むとさまざまな社会的な問題が浮上する可能性がある。
これまで述べてきた小泉親子の政策理念は、戦後日本の経済政策の流れのなかでは異質だ。さまざまな評価があるだろうが、戦後の経済成長の過程で、歴代の自民党政権は
「国民に痛みを与えないように」
できる限り努力してきた。少なくとも、三公社五現業の民営化を進めた中曽根政権まではそうだった。田中角栄が残した
「人間は、やっぱり出来損ないだ。みんな失敗もする。その出来損ないの人間そのままを愛せるかどうかなんだ」
という言葉は、まさにそのことを表している。