創業者「王伝福」とはいかなる人間なのか? 逆境を超えた電池王、その挑戦とは【短期連載】進撃のBYD(1)

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BYDの快進撃は、創業者王伝福氏の逆境を乗り越える挑戦と革新の結果である。独自の生産方式と公共交通の電動化戦略で、深セン市をはじめ多くの都市でEVタクシーとバスを普及させた。いまや技術革新で世界市場を席巻する企業へと成長している。

電動化への先見性

2024年5月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)
2024年5月23日発表。主要メーカーの電気自動車(BEV/PHV/FCV)販売台数推移(画像:マークラインズ)

「電池王」となった王氏だったが、その野心はそれだけにとどまらなかった。2000年代初頭、王氏は自動車産業への参入を決意する。

 その理由はEVの将来性を見据えてのことだった。自動車工業はある段階まで発展すれば必然的に電動化の方向に向かうと考えた。BYDは先進的な電池および制御技術を有していたため、EVを主要な方向性とし、自動車産業に参入することを決意したのだ。

 しかし、自動車産業への参入は、当初から多くの批判や反対の声にさらされることになる。2002年7月に上場したBYDの株価は大きく下落し、時価総額は一時27億香港ドルも失われたという。

 王伝福は多くの反対意見を押し切って西安秦川自動車工場を買収し、2003年に吉利汽車に次ぐ2番目の民営乗用車企業となった。2008年には、

「プラグインハイブリッド車(PHV)」

の量産を開始している。当時、EVはまだ一般的ではなく、インフラ整備も不十分だった。そのため、EVに特化したBYDの戦略を疑問視する声は多かった。それでも、王氏はEVの将来性を信じて疑わなかった。王氏は

「人類が今日まで発展してきたからには、消費のあり方に革命を起こすべきだ。われわれはエネルギー革命は必然だと考えている。今は百年に一度のチャンスなのだ。われわれは一気呵成(かせい)にこの電動化を最後まで推し進め、革新的な技術で人々の生活を改善し、人類のグリーンな夢を実現するつもりだ」

と語っている。つまり、当初から、現在のEVへの転換を確実に予見していたのである。

 結果は徐々に明らかになってきた。世界的な金融危機の最中だった2008年当時にもBYDは確実に業績を伸ばし「株の神様」と呼ばれる投資家のウォーレン・バフェット氏から多額の投資も受けている。

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