ミラーサイクルエンジンの先進性! マツダ「ユーノス800」という超ハイテクセダンが駆け抜けたバブル崩壊後の日本【連載】90’s ノスタルジア・オン・ホイールズ(12)

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1990年代は、バブル崩壊後も未来への夢と希望に満ち、国内の自動車産業も活況を呈していた。本連載では、当時のクルマ文化を探るとともに、興奮を読者に甦らせる。

後継車への影響

ミレーニア(画像:TTTNIS)
ミレーニア(画像:TTTNIS)

 そしてデビューから4年後の1997(平成9)年。鳴り物入りで創設されたマツダのユーノスブランドは景気低迷のなかで顧客の多くを失い廃止となる。それに併せてユーノス800はマツダ・ブランドへとスイッチし車名もマツダ・ミレーニアと改称することとなった。

 ユーノス800改めマツダ・ミレーニアは、その後もマツダを代表するプレミアムセダンとして2003年10月まで生産された。途中、何回かのマイナーチェンジやわずかなフェースリフトが実施されたものの、そのキャラクターとメーカー内でのポジションは不変だった。しかし販売台数が次第に先細りとなってしまったことに加えて、市場でのセダン人気が低下する一方だったことから後継機種の開発は行われなかった。

 マツダの上級セダンは後からデビューしたアテンザが引き継ぐこととなり、ミレーニアはそれに吸収されるカタチで生産を終えたのである。

 しかしユーノス800とマツダ・ミレーニアが先鞭(せんべん)を付けたテクノロジーは廃れることはなかった。バルブコントロールによるミラーサイクルエンジンは、その効率の高さを高く評価され、マツダはもちろんのことトヨタ、ホンダ、日産などでも採用例が相次ぐこととなる。

 1990年代に登場したクルマの多くは、後継車がなく“一代限り”というのが多い。これもまたバブルの影響といってしまえばそれまでだが、そうしたなかで「ミラーサイクル」という後年に引き継がれることとなる技術を最初に提供した存在としてのユーノス800/マツダ・ミレーニアの存在意義は大きい。日本車の技術史上、極めて重要なポジションに位置する1台であるといってよいだろう。

 発売開始から終焉(しゅうえん)までの10年余りの総生産台数は、ユーノス800/マツダ・ミレーニア併せて約23万台。それなりに売れたクルマではあったものの、現時点で生存している台数はわずかである。

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