観光を「真の平和産業」にする唯一の方法! それは、その意味を積極的に語ることだ【リレー連載】平和産業としての令和観光論(6)

キーワード :
, ,
令和時代において、観光は単なる経済活動にとどまらず、文化交流や国際理解を促進し、平和構築の一翼を担う重要な要素として位置づけられている。コロナ禍以後の、観光を通じた令和の新たな国際関係構築のあり方について、議論を深めていく。

異文化体験による多様性の受け入れ

飛行機(画像:写真AC)
飛行機(画像:写真AC)

 観光には、戦争をたちまち消し去るような、そんな直接的な力があるとは正直思えない。政治的利害がからむ国家レベルの紛争をしずめたり、宗教問題や思想に起因する民族間のあつれきを動かしたりできるとはとうてい思えない。しかし、

「争わないこと」

に寄与することはできるはずだ。

「争わないこと」への一歩は相手を受け入れること。つまり、自分とは違った文化や慣習の中で生まれ育った人を理解し、その多様性を受け入れることだ。

 インターネットの普及により、受け取れる異文化情報は、ひとむかし前と比べ、ケタ違いの量と速さで手に入る。SNSの利用も増え、翻訳人工知能(AI)も身近となり、国境や人種を越えたコミュニケーションでもおどろくほど簡単だ。

 外国との距離は、バーチャル(疑似的)ではあっても、急速に縮まっている。それにより、多種多様の考え方や価値観を情報として身近に感じることができるようになり、異文化への理解が深まっているといえる。しかし、それでもやはり

「百聞は一見にしかず」

だ。何度話に聞いても、実際に目で見て知りえる情報量にはかなわない。そして、インターネット時代となった現代では、

「百見すらも一体験にしかず」

である。何度も画像や映像を見たところで、実際にその場を旅して体験するインパクトにはとうてい及ばない。

 旅行は体感のチャンス、何にもまさる情報のみなもとだ。現地に生活する人と交流することで、その文化を体感できる。生活習慣や食事などを体験することで、そこに暮らす人々の考え方の根幹を感じとることができるのだ。

 そうやって身をもって体験することで理解は深まり、その文化に対する敬意、その中で生きる人々を尊重することへとつながる。それが「争わないこと」の一助となるのであれば、観光は、能動的な平和産業としてその存在価値をもつ。

全てのコメントを見る