自動車メーカー・航空会社はなぜプロ野球ではなく「Jリーグ」に参入したのか? 開幕30周年記念で考える
2023年、Jリーグは開幕30周年を迎えた。このアニバーサリーイヤーの締めくくりとして、日本のプロサッカーの発展においてモビリティ産業が果たした重要な役割について深く考えてみたい。
プロサッカーに手を出した理由

広島東洋カープに関わるマツダを唯一の例外として、プロ野球の球団経営に参入しなかった自動車メーカーや航空会社が、なぜプロサッカーに参入したのか。理由は主に4つある。
●サッカーチームを所有していたから
日本では1980年代まで実業団スポーツが盛んで、大手企業は野球、サッカー、ラグビー、バレーボールなどのチームを抱え、それぞれの大会、リーグに参加することが多かった。サッカーは、1965(昭和40)年から1992(平成4)年までに運営された日本サッカーリーグ(JSL)を通じて発展していった。サッカーファンには常識だが、JリーグはアマチュアだったこのJSLを母体に生まれたものである。そして、そこには、モビリティ系企業のクラブが多く参加していたのだ。
・東日本JR古河サッカークラブ(当初は古河電気工業サッカー部)
・三菱自動車工業サッカー部(当初は三菱重工業サッカー部)
・豊田自動織機製作所サッカー部
・ヤンマーディーゼルサッカー部
・マツダサッカークラブ(当初は東洋工業蹴球部)
・トヨタ自動車工業サッカー部
・日産自動車サッカー部
・ヤマハ発動機サッカー部
・本田技研工業サッカー部
・全日空サッカークラブ(当初は全日空横浜サッカークラブ)
いうまでもなく、これらは“オリジナル10”を含む初期のJリーグに所属していたクラブの前身ばかりだ。つまり、モビリティ系企業の多くは、もともとJSLでクラブを運営していたため、プロサッカーへの参入は自然な流れだったのだ。また、これらのクラブのなかには、当初から鉄道会社系のクラブは少なかった。