バブル期の狂乱? 軽自動車の限界に挑んだ「ミニスポーツ」の圧倒的存在感とは【連載】90’s ノスタルジア・オン・ホイールズ(2)
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1990年代は、バブル崩壊後も未来への夢と希望に満ち、国内の自動車産業も活況を呈していた。本連載では、当時のクルマ文化を探るとともに、興奮を読者に甦らせる。
ホンダ・ビートの登場

ターボチャージャーを装備した軽自動車は、1983(昭和58)年10月に発売された
「ダイハツ・ミラターボ」
が最初だった。ターボ化によるその性能向上は著しく、程なくしてスバル・レックスターボ、スズキ・アルトターボも登場することとなる。
ここから軽自動車のスポーツモデルはある意味ターボエンジンとの組み合わせがスタンダードとなる。そして時代はバブル経済を迎えるわけだが、ここからの軽自動車のスポーツモデルは過激なまでの進化を遂げることとなるのである。
1991(平成3)年5月、ホンダ・ビートが発売された。軽自動車としては初のミドシップオープン2シータースポーツ。高性能モデルはターボという時代に一石を投じるがごとく、高回転チューンの自然吸気エンジンを採用していたのが特徴だった。最高出力は、同年代のターボモデルの自主規制数値と同レベルだった64psである。
ホンダ・ビートの登場は軽自動車ファンのみに止まらず、多くのスポーツカーファンの注目を一身に集めることとなる。
「700kg台」
というその軽量ボディがもたらす走りに大きな期待が寄せられたということである。