「カムリ」はなぜ国内販売終了となったのか? 「大型セダン = 成功者」という、消えゆく時代の方程式 40年の栄光を振り返る

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トヨタ自動車が先日、カムリの日本国内販売終了を通達した。なぜここに至ったのか。同車のこれまでの歩みを振り返りつつ検証してみたい。

歴史ある車名

カムリ(画像:トヨタ自動車)
カムリ(画像:トヨタ自動車)

 トヨタ自動車は3月22日、同社のミドルクラスのセダン(エンジンルーム、乗室、荷室の3ボックス構成の乗用車)であるカムリの日本国内販売終了をディーラーなどに通達した。

 現時点でカムリはトヨタの国内ラインアップのなかで

・クラウン
・ランドクルーザー
・カローラ
・センチュリー

に次ぐ歴史ある車名を継承するモデルである。

 また、クラウンがセダンからスポーツタイプ多目的車(SUV)にスイッチしたことで、セダンのなかではセンチュリーと燃料電池車のMIRAIに次ぐ存在でもある。

 カムリが国内販売終了に至った理由は、一言で言えば「販売不振」である。

 日本自動車販売協会連合会がとりまとめた2021年度のデータによると国内販売台数は1万台に届かない8933台。2022年度には6000台にも届かず、販売台数上位50位からも外れていた。

 2022年は、ロシアによるウクライナ侵攻に起因するサプライチェーンの混乱。それに伴う部品供給の滞りという人気とは別の要因があったとはいえ、これは想定外の急激な低下だったと言って差し支えない。

 とはいえ、カムリはかつて何度も世界的なベストセラーカーの座に就いた歴史あるモデルである。トヨタにとってもそれなりに重要なポジションにあったことは間違いなく、日本国内のみとはいえ販売終了は寂しい。

 なぜここに至ったのか。カムリのこれまでの歩みを振り返りつつ検証してみたい。

初代発売は1980年

カムリ(画像:トヨタ自動車)
カムリ(画像:トヨタ自動車)

 トヨタ・カムリは、1980(昭和55)年1月に初代が発売された。当初の車名はセリカ・カムリであり、若者向けのスペシャルティクーペだったセリカのセダンバージョン。すなわちスポーツセダンだった。

 当時、セリカとメカニカルコンポーネンツを共用するセダンとしてはカリーナがあったが、カムリはやや上級でプレミアム性が付加されていたのが特徴である。

 初代セリカ・カムリはあくまでセリカシリーズの追加バリエーションであり、2年ほどの短命モデルだった。後継として1983年3月に発売されたのが2代目カムリである。このモデルは初代セリカ・カムリが発売された段階で既に開発がスタートしていたトヨタの全く新しいプラットホームが採用されていた。

 最大の特徴だったのは、トヨタ初の横置フロントエンジン/フロントドライブだったことである。全長は初代よりわずかに短くなっていたのにも拘わらずホイールベースは逆に100mm伸ばされており、結果的に非常に広い室内スペースが得られていた。

 シャープなラインで構成されていたボディの見切りも良く、ヨーロッパ車の様なテイストを持っていた意欲作だった。さらにこのモデルからは兄弟車としてビスタが加わった。

 2代目カムリ/ビスタは輸出も積極的に行われ、4ドアセダンに加えて輸出先のニーズを強く意識したリフトバックこと、5ドアハッチバックセダンが用意されていた。これは特にヨーロッパではそれなりに人気を集めた一方、ビスタのみで提供された国内での評価は今ひとつだったことは否めない。

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