大都市駅前に立地する「そごう」の軌跡 不動産業化する百貨店に未来はあるのか? 昭和ノスタルジーはもはや通用せず

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そごうの百貨店は首都圏大都市の駅前に位置しており、かつては全国に30店舗以上の店舗があった。

バブル崩壊が招いたもの

西武池袋本店(画像:写真AC)
西武池袋本店(画像:写真AC)

 そごうは大阪の創業で、1957(昭和32)年には東京に進出し有楽町そごうを出店しているが、1980年代からバブル期にかけて全国に出店して急成長した百貨店企業グループである。

 当時、地方都市における都市基盤整備のため、駅前再開発事業が活発化し、その核となる商業施設には主に百貨店が導入されていった。駅前再開発事業では新たに生まれる床を売却することから、一括で引き受けられる資本体力や信頼性のある企業が望ましかったと言える。

 当時の百貨店は付加価値の高い高額商品を扱う都市型商業の花形で、老舗企業も多く、小売業の中では経営に安定感があった。ブランドステータスや広域集客力もあり、地元は百貨店の誘致に注力した。そごうはこの駅前開発を追い風に店舗数を拡大している。

 他の百貨店と比較するとブランドイメージが希薄であったことから、東京都心での熾烈(しれつ)な百貨店競争には劣勢を強いられており、地方への積極的な出店による成長戦略へとかじを切ったのである。

 当時、都市部の駅前は大きな地価上昇が見込まれ、そごうは開発した店舗を担保に融資を受け続け、次々に地域子会社を設立し、地方中心都市の駅前、もしくは首都圏郊外中心都市の駅前に百貨店を開発していった。このビジネスモデルは錬金術とも呼ばれ、いったいどこまで成長するのか注目されたものだ。

 しかし、バブル崩壊とともに錬金術も消滅。景気の後退によって百貨店の業績は低迷し、2000(平成12)年には経営破たんする。全国の百貨店も次々と閉店していった。

 1967年にオープンした千葉そごう(2001年にそごう千葉店に変更)は現在のJR千葉駅前ではなく、当時の中心商業地があった京成電鉄千葉駅よりの場所に開発された。店舗面積1万平方メートルレベルで、今からすればコンパクトな百貨店と言える。

 東京よりの津田沼駅前や船橋駅前に百貨店が集積していったものの、千葉市以東ではそごうと三越(当初は地元呉服屋が三越と合併した百貨店で、三越として開業したのは1984年)が希少な百貨店業態であった。

 中高年にはあか抜けないそごうの雰囲気がむしろ買いやすく、千葉県を代表する百貨店として千葉県民に支持されていった。そのため、順調に業績をあげ、この成功体験が地方都市への進出につながっていったとも言われている。

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