「先頭の合流 = ズルい」なんてまだ言ってるの? 誤解された「ファスナー合流」、実は渋滞減らすメリットがあった
渋滞の原因は?

ファスナー合流が実践されず、例えば合流時、車の並びが「本線・側道・側道・本線」と不規則な部分が挟まるだけで、渋滞の原因になるという。これはなぜか。
おおまかに説明すると、側道から入る車の数が不規則になるほど、車の流れが悪くなって、本線を走る車のブレーキを踏む回数と減速具合が増し、それが結果的に渋滞を引き起こす、あるいは渋滞を悪化させるからである。
ファスナー合流ではない合流、つまり従来通りの合流において、側道を走る側のドライバーの心構えはおおむね、「臨機応変に、入れそうなところに入る」くらいであろう。「本線を走る車が減速して、少し車間を空けてくれたのを見て、そのスペースにスッと合流する」。あるいは「合流車線(加速車線)の先の方まで進んで本線に合流するのは、本線を走る車たちに割り込みをしているようで悪いので、加速車線が始まるやいなや、早めに合流する」というドライバーも多かろう。
どちらも、熟練した余裕ある運転技術や、相手ドライバーを尊重する美しい精神から来る好ましい姿勢だが、「ファスナー合流」的にはNGである。ファスナー合流にも譲り合い精神は含まれるが、渋滞緩和も狙えるため、ドライバーたちにとって、普通の合流より一層お得なのである。ついでに言うなら、ファスナー形式の規則的な合流は、接触事故のリスクを減らす効果もある。
さらに、ファスナー合流は譲り合い精神を前提とする交通方法なので、皆が実践することで、お互い気持ちよく運転することができる。従来の合流は、例えば次のような不快感が生じるリスクがあった。
(1)本線を走行中
・自分の前に側道から2台が一気に入ってきて、ちょっと損した気分になった
・乱暴な割り込みのごとき合流をされて、不快な思いをした
(2)側道側から本線に合流
・本線の車が車間を詰めて自分を入れてくれず、腹が立った
(車の無表情さがいかにも意地悪に思えて腹立たしく感じられるものである)
こうして改めて文字にしてみると、「ずいぶん小さいことで気分を害しているな」と、日常的に運転する筆者(武藤弘樹、フリーライター)自身も思うのだが、実際にこれらをやられた時の不快感の激しさは、同種の経験がある人なら理解してくれると思う。少なくとも、その日1日が台無しになるくらいの最低な気分になる。「割り込むな」「入れろ」とドライバー間のトラブルに発展することすら珍しくない。
ファスナー合流は、こうした不快感が生じるリスクを根絶する可能性を持つのである。